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大河ドラマアンコール 風林火山 第49回「死闘川中島」のネタバレとあらすじと感想。

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「風林火山」は、2007年1月7日から12月16日まで放送された大河ドラマです。

2017年4月からNHK BSプレミアムで日曜昼12時に、大河ドラマアンコール枠で再放送されています。

2018年3月11日に放送されたのは、第49回「死闘川中島」です。

前回、妻女山に上杉政虎(GACKTさん)の陣、海津城に武田信玄(市川猿之助さん)の陣が入り、どちらが先に攻めるかにらみ合いを続けていました。

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そんな折、行方不明となっていた原虎胤(宍戸開さん)が、川中島の屋島で保護されているとの事で、迎えに行った山本勘助(内野聖陽さん)。そこで原を助けたおふく(緑魔子さん)から、川中島に濃い霧が立つ日が明日だという情報を手に入れます。

両軍激突の日がやって来ました。

前回の第48回「いざ川中島」を見逃した方は、是非こちらをどうぞ。

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それでは、第49回「死闘川中島」のあらすじと感想です。

目次

両軍、策が決まる

永禄4年(1561)9月9日。海津城に戻った勘助は物思いにふけっていました。

「それがしは、青き月影の如く、御屋形様は燃ゆる日輪の如し。恋は散り降る花の如く、心はほの暗き森の如し。宿敵は天駆ける竜の如く、戦は…戦は我が人生の如し。」

勘助は軍勢を二手に分け、敵を挟み撃ちする策を信玄に伝えます。

「我が武田軍2万のうち、1万2千を夜陰に乗じて妻女山へ向かわせ、越後の本陣を突きます。さすれば越後が山を下りましょう。それを残り8千の本隊で迎え撃ちまする。」

一緒に策を考えるよう命じられていた馬場信春(高橋和也さん)は、勘助の策を「啄木鳥」と呼びます。啄木鳥は、木の幹を一方より突き、反対の方へ這い出た虫を捕らえるからです。

馬場も勘助の策を「最善の策」と信玄に言います。いつも違う意見を言う二人が一致しました。

勘助は、川中島に霧が出る事を伝え、本陣が動いても敵には見えないからと今夜のうちに動く事を提案しました。

一方同じ頃、勘助に川中島の霧の事を教えたおふくが、上杉軍の宇佐美定満(緒形拳さん)のもとへ現れ、勘助に教えた情報と同じ内容を教えます。

宇佐美は「武田は気づくか。」とおふくに聞きましたが、おふくは「知らない。」と答えるのでした。

宇佐美は政虎に「敵が動くかもしれませぬ。」と報告に来ます。宇佐美は、二手に分かれるという武田の策を見抜いていたので、「今宵のうちに山を下る。霧が我らを包み隠そう。念のため、旗やかがり火は捨て置きましょう。」と提案します。

直江実綱(西岡德馬さん)は、「武田がさように動くとは限るまい。」と疑いましたが、「もし動かなくても、下山するならこの時。それがしはこの霧を待っていたのでござる。」と言います。

「敵は動く。」

政虎が海津城から飯炊きの火が上がっているのを見て確信します。兵糧が急ぎ必要になった証拠です。

両軍、策が決まりました。

出陣前のひととき

信玄は重臣たちを呼び、策を伝えます。

「別動隊として妻女山へ向かう軍勢は、飯富(金田明夫さん)、馬場、香坂(田中幸太朗さん)、真田(佐々木蔵之介さん)、相木(近藤芳正さん)ら1万2千。これより山を登り、夜明けと共に敵本陣を突く。残り8千は本軍となり、八幡原に布陣致し、追い落とされた敵を迎え撃つのじゃ。皆皆、心してかかれ!」重臣たちは声揃えて返事をするのでした。

「この一戦に全てをかけ申す。明日こそは決戦にござる!」勘助も重臣たちに言いました。

そして決戦の日、9月10日はやって来ました。子の刻(午前0時頃)です。

夜半過ぎ、場内の広場という広場は、出陣に備える武士たちで溢れました。兵糧を口にしながら、決死の覚悟を胸に秘めていたのです。

勘助は、真田と相木と食事を取っていました。真田と相木は1万2千もの軍を妻女山に向かわせることに不安を感じていましたが、勘助は「上が手薄になっては困る。まずは敵を追い落とし、後に我らの援軍となって敵を挟み撃たねばなりませぬ。」とあくまで策通り動くと言います。

相木は、「身が震える戦は何年振りか。」と言います。まだ敵同士だった勘助と出会った海ノ口城以来だと言います。真田とは、勘助と出会った時、二人ともまだ武田の敵であった時でした。不思議な出会いだと言い、信玄が三人の運命を変えたのだと結論付けるのでした。

一方信繁(嘉島典俊さん)は、信玄と一緒にいました。「盃を交わしとうございまする。」と信玄の側に寄り、酒を注ごうとすると、信玄は「今宵は兄と呼んでくれぬか。」と穏やかな表情で言います。

この時、兄信玄41歳。弟信繁37歳。父信虎(仲代達矢さん)の追放から20年が経っていました。

お互いにお酒を注いで飲み干したところで信繁は、嫡男の信豊に渡す為の訓戒を認めていると打ち明けます。それが99か条にも及んでしまったと笑います。

その初めの1条には、「末代まで謀反の心を抱いてはならぬ。」という内容を書いたと言います。「かような戒めなど残さずとも済む世の中に、早くならぬかとつくづく思いまする。」と信繁はため息まじりに言うと、信玄は「そなたが生き抜きたればこそ、さような世も作れよう。」と戦で生き残るよう言います。

信玄は、母、大井夫人(風吹ジュンさん)の衣に、信玄自身が書いた法華経の陀羅尼を信繁に渡します。

信玄は、大将なので一緒に信繁と槍を揃えての戦は出来ないが、兄として信繁を守るつもりで書いたと言います。信繁は目に涙をいっぱい溜めて受け取るのでした。

出陣前の兄弟としてのひとときでした。

八幡原で激突

香坂は、勘助に別れを告げ妻女山へ向かいました。勘助は屋敷で交わした、生き残るという約束を思い出していました。

10日未明、武田の別動隊は妻女山に向け出発しました。

丑の刻(午前2時頃)、山の方から霧が出始めました。妻女山、中腹の飯富たちは見通しの悪い中、敵陣へ放った物見が一人も帰って来ない事に「見破られたか?」とは思いつつもそのまま進んでいきました。

その通り、別動隊の奇襲に備えていた上杉軍によって、武田の物見はことごとく討ち取られていたのです。

この頃上杉軍は、密かに山を下り、千曲川に向かっていました。「鞭声粛々夜河を過る」、江戸後期の儒学者頼山陽の詩で有名な、上杉軍の隠密作戦です。

寅上刻(午前3時頃)の事でした。

一方武田軍本隊は、静かに川中島を目指して出陣しました。

武田の別動隊は濃い霧に包まれ、敵陣への接近に手間取りました。遠く火が見えるのみです。

遠く松尾城では、真田の妻、忍芽(清水美沙さん)が嫌な胸騒ぎがして眠れずにいました。しかし信じて待つ他なかったのです。

夜明けを迎え、川中島八幡原に武田軍は鶴翼の陣で待っていました。百足衆の一人が「妻女山の方はまだ何も見えませぬ。」と信玄に報告します。

勘助は「霧の為少し遅れているようにござりまする。」と疑っている様子がありません。

信玄が「この霧は、味方にばかり有利とは限るまい。」と言うと、やっと勘助が何か気づきます。そして目を凝らして霧の中を見ようとすると「霧の中に騎馬武者が見えまする。」と百足衆からの報告が入りました。

信玄も立ち上がり遠くを見つめると、霧が晴れてきた先にはっきりと上杉軍が見えてきました。「読まれた。」つぶやく勘助。信玄は勘助に敵の陣形を尋ねます。

「車が懸りの陣…。敵は本陣を取り囲むように軍勢を回し、新手を繰り出す陣形にござりまする。」勘助が言うと、信玄は鉄砲を放ち急ぎ妻女山へ知らせるよう指示します。

勘助は鉄砲隊に指示を出し、銃声を聞いた妻女山山頂にいた別動隊は、謀られた事を知ります。飯富は「急ぎ山を下るのじゃ!」と指示を出し、別動隊は下山を始めました。

合戦は卯刻(午前6時頃)に始まりました。武田軍の先鋒は飯富昌景(前川泰之さん)、大熊朝秀(大橋吾郎さん)。上杉の先鋒は、柿崎景家(金田賢一さん)です。

喊声を上げながら両軍がぶつかります。

別動隊が下山してきていると報告を受けた信玄は、秋山勢を繰り出せと指示します。

次々と攻撃を受けている事態に勘助は「申し訳ござらぬ!某の失策にござった!」と信玄に土下座しました。

しかし信玄は「そちがうろたえて何と致す。そちは武田が軍師ぞ。敵は車懸り。味方は鶴翼。いかにすればよい?」と落ち着いて勘助に尋ねます。

答えない勘助に「軍師山本勘助!」と大声を張り上げて言う信玄です。

勘助はかつて板垣(千葉真一さん)に言われた「そちが月影になれ。そちが月影となって御屋形様を照らし続けるのじゃ。それでこそ、軍師というもの。この甲斐の国のまことの軍師となるのじゃ。」という言葉を思い出しました。

勘助は立ち上がり百足衆に「各陣を詰めて本陣を固めよ!」と言い、鶴翼の陣を乱さないよう指示を出しました。

しかし、勘助の思惑通りに行かず、繰り返される上杉軍の攻撃に武田軍は浮足立ち、陣形は乱れ始めました。

上杉軍は無数の矢を放ち、武田の兵たちを次々と倒していきます。宇佐美は「二刻にござる。巳刻には敵の援軍が妻女山より到着しましょう。もし、二刻のうちに決着がつかぬ時は、速やかに陣をお退き下され。」と政虎に言うのでした。

上杉軍がめちゃくちゃ強いです。この車懸りの陣というのが凄まじいですね。動きながら本陣を何重にも守り、一番外側にいる者たちが敵に攻撃を仕掛ける。遠くからみたら生き物が這いながら近くに迫ってきているように見えます。

ぐるぐる回っているので敵からは真っすぐ本陣へ向かう事が出来ません。

信繁が諸角と上杉本陣へ

辰刻(午前8時頃)、信玄のもとに法華経の陀羅尼を母衣として纏った信繁が現れます。

「これより我ら、敵の本陣へ攻め入りまする。その間に陣を整えられませ。な~に、おっつけ飯富らも駆け付けましょう。」と信繁が言うと「その母衣が必ずやそちを守護してくれようぞ。」と信玄は送り出しました。

法螺貝を鳴らし敵の本陣に近づく信繁。その後ろ姿を諸角虎定(加藤武さん)が見つめます。

ある程度近づいた後、信繁は春日源之丞に母衣を渡し、「この命を奪われる事は口惜しくないが、この母衣を奪われるのは何とも口惜しい。信豊に渡してくれ。そちはこの戦場から離れ、これを届けるのじゃ。必ずや生きて届けるじゃ。」と言います。

春日は拒否しようとしますが、「後生じゃ!信豊を頼む!」と言う信繁に母衣を受け取り、本陣へ向かう信繁を見送るのでした。

信繁の嫡男、信豊は後年、この形見の母衣をまとい、長篠の合戦に出陣したといいます。

「我こそは、武田信玄が弟!武田左馬助信繁なり~!越後の者ども、我が首を取って手柄とせよ!」信繁は上杉本陣へ突進します。

ぶつかる両軍。信繁は、途中何度も脇を槍で刺されますが倒れずこらえます。後ろから諸角隊が「信繁様をお救いせねばならぬ!信繁様!死んではなりませんぞ!」と突進してきました。

信繁は心の声で「諸角…何としても時を稼ぐのじゃ。」と言います。諸角も「承知!信繁様お供つかまつりまする!」と突進していきます。

両軍は激しくぶつかり合い、とうとう信繁は柿崎に背中から斬り付けられ落馬しました。

地面に叩きつけられた信繁に向かって「信繁様!」と叫んでいた諸角も斬り付けられました。

戦場は首を争う上杉の兵で混乱しました。

武田信繁、享年37。かつての傅役、諸角虎定と共に川中島に散りました。

信玄のもとに、信繁と諸角が討ち死にした事が告げられると、信玄は、目を閉じて空を見上げるのでした。

今回はここで終わりです。

壮絶でした。

次回、最終回「決戦川中島」です。

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果たして飯富たちが到着するまで持つのでしょうか?

信玄、政虎の直接対決のシーンもあるようです。


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