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大河ドラマアンコール 風林火山「第22回 三国激突」のネタバレとあらすじと感想。

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「風林火山」は、2007年1月7日から12月16日まで放送された大河ドラマです。

2017年、4月からNHK BSプレミアム日曜昼12時から、大河ドラマアンコール枠で再放送されています。

2017年8月27日に放送されたのは、第22回「三国激突」です。

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前回は、由布姫(柴本幸さん)が、武田晴信(市川猿之助さん)によって諏訪に送られたショックで行方不明となり、山本勘助(内野聖陽さん)の必死の捜索により見つけ、晴信に返しました。

一方、村上義清(永島敏行さん)が信濃守護の小笠原長時(今井朋彦さん)に、武田打倒をたきつけました。

晴信の信濃侵攻はどうなるのでしょうか?

前回の第21回「消えた姫」を見逃した方は、是非こちらをどうぞ。

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それでは、第22回「三国激突」の感想です。

目次

由布姫が妊娠

天文14年(1545)、勘助は小坂観音院に由布姫を訪ねます。由布姫と侍女の志摩(大森暁美さん)は穏やかな笑顔で迎え、勘助は不思議に思います。

「私に、子が出来ました。」由布姫は勘助に報告します。勘助は喜んで「おめでとう存じます!」と祝います。

伊那で戦が続き、晴信は諏訪に逗留していました。何もかも勘助が言った通りでした。幸せになった由布姫は、勘助に今までの事を詫びます。

「私の命は御屋形様じゃ。そして生まれてくるこの子じゃ。それでよいのですね?」と由布姫が聞くと、勘助は「それでよいのです!」と答えます。

「どうか、生まれて来る子と御屋形様を頼みます。」由布姫にそう言われると勘助は感激して涙を流しました。

勘助のおかげで由布姫に子が授かりました。武田の館で、正室と家臣たちの監視の目が光っていては、ストレスで子供も出来なかったんでしょうね。諏訪は故郷でもあるし、晴信だけに会えばよいとなれば、リラックス出来たのでしょう。

村上義清が機をみる

信濃守護、小笠原長時を後ろ盾にし、またも反旗を翻した伊那勢を、武田軍は次々と下していきました。信濃葛尾城の村上義清は、「いずれ村上に泣きついてくるのは明白じゃ!」とこの事態を笑います。

家臣の須田新左衛門(鹿内孝さん)が、挙兵をするか尋ねると、「武田は今川と盟約を結んでいる。関東管領と戦っている北条を狙って、今川が攻めようと動けば、武田は援軍を出すはず。そうなれば信濃どころではなくなるから、その時を待つ。」と言うのでした。

今川義元の出兵要請

甲斐の躑躅ヶ崎館には、北条の軍師、太原崇孚雪斎(伊武雅刀さん)が、小山田信有(田辺誠一さん)の仲介で、やって来ました。

「先年より、駿河の富士、駿東郡を侵す北条を討伐するために、兵をお出し下さりませ。」と出兵要請です。今川義元(谷原章介さん)は北条と戦をするつもりです。

雪斎は「富士駿東郡は、甲斐にとっても国境。是非とも今川の援軍としてご出陣願いたく存じます。」と言います。村上の読み通りですね!

駿河の富士、ならびに駿東郡とは、8年前今川と武田の同盟に怒った北条が、侵略した土地でした。その後、今川、武田の連合軍と度々戦するも、北条は一歩も退かず占領し続けていました。富士川の東で起きたこの争乱を、「河東の一乱」と呼びます。

「北条を継いだ氏康殿は、関東管領との争いで、今や窮地に立っておりまする。我が主はこの機を逃さず、河東の地を取り戻す所存にござります。北条氏康(松井誠さん)を攻め滅ぼすつもりにございます。」と雪斎は義元の考えを述べます。

晴信は「援軍を出せと?」と尋ねると、雪斎は「北条は、今や窮地でございます。そこのところをよくよくお考え下さりませ。何卒、ご決心下さりませ。」と念を押します。

程なく駿河の今川義元は、軍勢を富士郡、善徳寺へ進めさせました。これを受け、北条氏康は、自ら軍を率いて吉原城へ着陣。一触即発の状態となりました。

今川に援軍を差し向けるべきか、晴信は早急な判断を迫られていました。

飯富虎昌(金田明夫さん)は、「今駿河に出陣すれば、信濃が危ない。村上がこの機に佐久、小県に攻めてくればどうしますか?」と言います。それを受け諸角虎定(加藤武さん)も「諏訪に板垣を残していても支えきれません。」と意見します。

晴信は、今川との盟約を破るわけにはいかないと迷っている様子です。今川との戦を長引かせるわけにはいきません。晴信が勘助に策を聞こうとすると、それを遮って小山田が、話し始めました。

「ご出陣を留め、今しばらくご静観なさるのがよろしいかと存じます。武田を頼みにする今川は、北条に負けるかもしれません。もし北条が勝ったら、北条と和議を結びます。」そう言うと、信繁(嘉島典俊さん)と諸角は「今川を裏切れと?」と反対します。

小山田は地図を広げ説明します。「関東管領上杉。古河公方足利。これら古より関東を治める諸家は、同族同士の争いが絶えません。その綻びに乗じ、関東に覇を唱えんとするのが、北条にございます。ところがこの北条を討つ為、関東管領上杉がここに来て、古河公方足利家と結束し始めました。その包囲に北条は怯え、またその勢いに今川が与し、挟み撃ちとなる事を北条は恐れているのです。」話を聞いて甘利虎泰(竜雷太さん)は、「何故その北条と結ばねばならないか?」と聞きます。

小山田は「武田も同じ状況だからです。関東管領が力を増せば、信濃を手中に収めようとする。そうなれば武田の難敵となるので、北条と手を組み、関東管領の力を抑えるのが肝要かと存じます。武田と北条が手を組めば、今川も戦を仕掛けることは出来ないでしょう。」と理由を述べます。

甘利は「雪斎を仲介したのは小山田自身では?」と言います。小山田は、「雪斎だけではなく、北条氏康とも家督を継いだ時、郡内の小山田家と誼を通じてきた。武田と和睦を結ぶ意向を示している。このことは既に御屋形様もご存じの事。」と話します。

その言葉に勘助も、家臣一同も驚きます。晴信は表情一つ変えません。

勘助は考えがあると言って、口を挟みます。「今川への使者として遣わせて下さい。必ずやこの戦、収めてご覧に入れます。」と言うと、小山田は怒ります。

「今川と北条を和睦させます。武田家が間に立ち、双方の兵を退かせます。それが何より上策と心得ます。」と勘助が言うと、晴信はニヤッと笑い「最もじゃ!それが出来れば最善。」と話に乗ります。

小山田は止めようとしますが、晴信は「雪斎の口ぶりでは今川と北条を和睦させることが出来るかもしれん。」と勘助の意見を後押しするのでした。

晴信は、今川との盟約を破るわけにはいかず、出陣する他ないと考えていました。

武田が今川と北条を和睦させる

勘助は、今川本陣である、善徳寺城へ行きました。そこには庵原之政(瀬川亮さん)がいて、味方として勘助と再会できたことを喜びます。

勘助は「今川家は何故今、北条を潰そうとなさるのか?」と之政に聞きます。

「分からぬ。我が殿の目は今、西に向いている。その前に後顧の憂いを断つご所存であろう。元々河東は我が国の領地。武田はこの戦に不服か?」と之政は質問に答えながらも、勘助に武田の意向を聞きます。勘助は微笑むだけで答えません。

「我が叔父、雪斎も、この戦に異を唱えていたと聞くが…。父上によると、雪斎が引き止めていたのだとか。御屋形様は、三河を巡る織田家との合戦を前に、家臣にその威光を示しておきたいのだと父上が言っていた。雪斎の諫言が聞こえないほど、北条を攻める好機だとみておられるようじゃ。」と漏らします。勘助は雪斎も止めたいと考えていたことに驚きますが、同時にニヤリとするのでした。

勘助は雪斎に会い、武田が仲立ちして今川と北条に、和議を結ばせたい意向を伝えます。雪斎は、三国の和という知恵を授けたのは小山田か?勘助自身か?と尋ねます。

勘助は、晴信自身が望んだことだと答えると、雪斎は思ってもみなかった様子です。そして勘助に「よい主に仕えましたな。我が主に取り次ぎましょう。言うだけ言うてみなされ。」と勘助の背中を押すのでした。

久しぶりに勘助に会った義元は、今や武田の軍師にまでなったことを聞くと、笑い飛ばして、信虎(仲代達矢さん)を駿府へ追い出した者を、軍師へ迎えた晴信に対して嫌味を言います。

そして父を引き受けた自分への恩返しで、「北条氏康の首でも差し出してくれるのか?」と勘助に聞きます。

「此度の武田の出陣は、北条を討つ為ではございません。今川家に兵をお退き願う為にございます。北条にも兵を退かせます。いえ、河東の地より手を引かせます。

富士、駿東の二郡は再び、今川家の領土と致します。」と言う勘助の言葉に、義元は、「武田にそんな力があるのか?」と激高します。「今川家の後ろ盾があれば叶います。」と勘助は答えます。

義元は「北条を潰す好機ぞ。」と言って聞きません。「北条を潰す事は今川家にとっても、武田にとっても、益になる事ではございません。」と言うと義元は「盾突くか?」と怒ります。

勘助は「戦をすれば互いに兵を失うばかり。北条を生かさず殺さず、関東管領への盾とする事が得策です。関東管領に味方するのもおやめください。」と説得します。雪斎は二人の様子をじっと見守っています。

義元は「よう分かった。」と返事をし、雪斎が武田を促して自分を説得してきたことを褒めます。雪斎は黙って頭を下げます。

義元は「もし、北条にこの和議を認めさせられぬ時は、一気に総攻めを仕掛ける。武田勢には先鋒を務めてもらう。」と晴信伝えろと言いました。

義元の、北条との和睦の血判誓詞を受け取ったのは、勘助ではなく、後日来た、武田の譜代家臣である駒井政武(高橋一生さん)でした。義元は勘助を認めませんでした。

駒井の帰りを待ち晴信は9月9日、甲斐領内の本栖へ陣を置きました。あとは、北条に兵を退かせるのみでした。

勘助は、全ては雪斎の計略であったと小山田に話します。雪斎は、北条が小山田を通じて、武田と和議を結ぶつもりであることも知っていて、それを見込んで武田家に遠回しに仲立ちを願いに来ていたのです。

最初から、雪斎の手の内で動かされていたのでした。小山田も勘助も気づかず、晴信だけが真意を見抜いていました。晴信の裁量で、今川、北条、武田が救われたのです。

小山田は、「所詮、御屋形の器にはなれぬと申すか!」去っていく勘助の背中につぶやくのでした。

関東管領上杉が動く

本栖には板垣信方(千葉真一さん)も来ていました。晴信は勘助に「北条との和睦はしくじってはならぬ!板垣と共に参れ。」と指示します。続けて「三国の和睦が成り立たなければ、戦は長引き、武田は矢面に立たされ諏訪も修羅と化す。」と言います。

次は板垣が「関東管領、上杉が動いた。北条が駿河から動けぬ機に、上杉憲政が武蔵の河越城を囲んだ。北条は一刻も早く、駿河から兵を退きたいはず。」と言います。

勘助は、「関東管領の戦を検分したいから、北条の援軍として河越城へ送って欲しい。」と晴信に願い出ます。北条氏康が承知すれば、の話だと晴信は言います。

勘助はなんとしても北条との和睦を成立させねばならなくなりました。

人は国、国は人

板垣は勘助に前から気になっていたと言って、由布姫は諏訪を逃げたのか?と聞きます。河原村伝兵衛(有薗芳記さん)が、雪の中、由布姫を探していた勘助を目撃していたのです。

板垣は、由布姫と勘助が晴信を裏切っているのでは?と疑っていました。

「由布姫を慕っていますが、それは国を思うようにです。某は生国を追われ、諸国を流浪し、国というものを持ちえませんでした。某にとって国とは…人にございます。

御屋形様、板垣様、姫様、そして、死んだミツこそが某にとっては国そのもの。某は、ようやくそこに国を見ることが出来るのです。己の生きる国を持つことが出来るのです!

命を賭す事が出来るのです。無用な詮索はおやめ願いとう存じます。」勘助が言うと、板垣は「分かった。すまぬ事を聞いた。」と謝ります。伝兵衛も謝ります。

「人は国。国は人。今、勘助という男を少し分かったような心持ちじゃ。そちは、このわしと同じ国に生きる、もののふじゃ。これで心置きなく、そちと共に北条に出向くことが出来る。」と板垣は言うのでした。

板垣と勘助は、二人で北条の本陣である、吉原城へ向かいます。北条氏康は勘助が昔、来たことを思い出します。

氏康はかつて勘助に「武田を討ちたければ、恨みを忘れて己の大望だけを見つめよ。さすれば、敵の姿もはっきりとその目に映ろうぞ。武田の姿が存分に見えた時、またわしの前に現れよ。」と言っていました。

氏康は勘助に「武田の姿を見極めたという事か?」と尋ねます。勘助は板垣から許可をもらい、義元の血判誓詞を差し出します。

「我が主は、氏康様と今川家の和睦を望んでおります。」と板垣が言うと、「武田はこの和議で何を得る?」と氏康は聞きます。「氏康様との誼…でござる。敵に回すは得策でなしとの、この山本勘助の注進を、我が主が重く受け止めたものにございます。」と板垣は答えます。

「勘助。昔そちを召し抱えなったこのわしは、やはり見る目があったであろう。」と氏康が言うと、勘助はお辞儀をしながら「はっ」と答えます。

そして氏康は和睦を受け入れました。こうして三方の和睦は成立し、氏康は駿東郡を今川家に割譲して兵を引き揚げました。

晴信、海をめざす

晴信は、義元に招かれ、駿河で対面しました。崖から見下ろし海を眺めます。「山に囲まれた甲斐にて生まれ育った晴信殿には、かような大海を見るのは初めてかな?共に北条を討ち滅ぼしていれば、貴公にも海を臨む城を一つくらいお分けしても良かったものを…惜しいことをしたのう。」と義元は今更ながら言います。

晴信は「いや…いずれ己が手で山を出て海へ抜けてみせます。」と海を見つめながら言います。

「駿河の海ではあるまいのう。」義元は牽制します。後ろで控えていた雪斎を、同じく控えていた駒井が横目で見ます。家臣同士も牽制し合っています。

義元と雪斎と晴信は意味ありげな笑いをします。特に晴信は一番高く笑うのでした。

その頃勘助は北条の援軍となるべく、小田原へ向けて出立しました。この戦で勘助は新たな野望を抱いていたのでした。

今回の晴信はキレてましたね。勘助の策ばかり目立っていたように思っていましたが、それは全て武田晴信の考えを読んだもので、勘助の功績のようで実は晴信の作戦だったというわけだったんですね!心を読むのに長けた人なんですね!見事でした。

次回、第23回「河越野戦」です。

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だんだんと、盛り上がってきました。


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