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鎌倉殿の13人 第19回「果たせぬ凱旋」のあらすじと感想

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61作目となる2022年大河ドラマ、「鎌倉殿の13人」。

脚本は、三谷幸喜さん。

主役の北条義時を務めるのは、小栗旬さんです。

毎週日曜(総合)午後8時、(BSプレミアム、BS4K)午後6時、毎週土曜日午後1時5分から再放送が放送中です。

目次

前回のあらすじ

一の谷で敗れた平家は、四国屋島に逃げ、源範頼(迫田孝也さん)率いる範頼軍は九州を攻め平家の退路を断ち、源義経(菅田将暉さん)率いる義経軍は四国を攻める作戦です。

一時は兵船を集められずなかなか九州に渡れなかった範頼軍ですが、北条義時(小栗旬さん)の策により豊後の豪族を味方につけることに成功。

無事九州に渡り攻め上ります。

一方の義経軍は、長雨のため足止めされていましたが、義経が御家人らの反対を押し切り、嵐の中出兵。

僅か5艘の船、自分の手勢だけで嵐の中、半日で阿波まで到着し、見事平家を蹴散らしたのです。

平家は屋島を捨て、海上に逃げました。

義経の勝利は素晴らしいものの、強すぎる義経に源頼朝(大泉洋さん)は恐れを抱きます。

側近も義経が調子に乗り、自分こそが次の鎌倉殿、と言い出さないかと懸念します。

頼朝は義経を総大将から降ろし、梶原景時(中村獅童さん)を総大将にするとの命を出しました。

頼朝の考えがわからず嘆く義経。

景時は、頼朝の命に従い、自分が大将となると言い、義経と激しい口論を交わします。

この口論は景時の策で、御家人たちが義経を推したという経緯が欲しかったのです。

景時の読み通り、御家人たちは総大将は義経のままでいいと意見がまとまり、景時も皆の意見に従いました。

改めて総大将となった義経に、次の戦の策を聞くと、義経は掟破りの漕ぎ手を射殺すという作戦を思いつき、実行に移したのです。

元暦2年(1185年)3月24日朝。

長門国壇ノ浦の海上で、源平両軍が激突しました。

義経は海に乗り出し、敵を十分に引き付けると、兵士たちに漕ぎ手を狙うよう命令。

畠山重忠(中川大志さん)が止めても、兵士が嫌がっても、漕ぎ手を討つよう命令しました。

脅された兵士たちは仕方なく弓を引き、兵ではない漕ぎ手が次々と射殺されました。

漕ぎ手を失った船は身動きがとれず、義経は平家の船に飛び乗っては敵兵を薙ぎ倒します。

平家の大将・平宗盛(小泉孝太郎さん)は最早これまでと覚悟を決め、平家の女性たちは、三種の神器をしっかりと抱き、次々と海に飛び込みました。

女官に抱き抱えられた幼い安徳天皇も、入水。

戦況が見渡せる丘で義時たちはそれを呆然と見ていました。

その凄惨な死に様に源氏の兵の多くが目を覆い、手を合わせました。

亡骸が流れ着いた浜を歩いていた義時もその惨さに言葉を失います。

しかし義経は、これは戦、多少の犠牲は仕方ない、と口にするのです。

それでも義経の戦いを非難する口ぶりの義時に、漕ぎ手は丁重に葬るようにと言うと、立ち去ったのでした。

鎌倉では、平家の滅亡の報を聞き、頼朝が泣き咽び、政子(小池栄子さん)は頼朝のこれまでの苦労を労いました。

京に戻った義経は、後白河法皇(西田敏行さん)に戦勝報告をします。

後白河法皇は殊のほか喜び、義経を手元から離さず可愛がります。

その頃、範頼は失われた三種の神器と安徳天皇を捜すため、九州に残っています。

梶原景時は一足先に鎌倉に戻り、戦の詳細を頼朝に報告していました。

景時の報告は、義経の強さを褒め称えるものでしたが、その戦いぶりの異常さを強調して伝え、京では平家の次は義経の世になるという噂があると報告したのです。

義経は頼朝の怒りに触れ、困惑しました。

一刻も早く鎌倉に戻り、頼朝と直接話す必要があるのですが、検非違使であるため京を離れることができません。

辞任しようとしても法皇が許さず、八方塞がり。

そこで、平家の生き残り・平宗盛を鎌倉に護送し、頼朝との対面後、断罪するため京に戻るという計画が立てられました。

そうして出発した義経一行ですが、義経は頼朝の怒りにより鎌倉には入れず腰越に留め置かれ、宗盛のみが鎌倉に入りました。

頼朝は、宗盛に会ってもそれほどの憎しみは感じられず、むしろ義経に怒りの矛先が向かっていました。

宗盛に書いてもらった文を頼朝に届けても怒りは解けず、鎌倉に入れない。

義経は、これからは法皇第一にお仕えすると気持ちを新たにしたのでした。

前回、第18回「壇ノ浦で舞った男」を見逃した方はぜひこちらをどうぞ。

それでは第19回「果たせぬ凱旋」のあらすじと感想です。

やってきた行家

頼朝から鎌倉入りを拒否された義経は京に戻ってきていました。

義経の妻・里は、なぜ鎌倉に帰れないのか義経に不満をぶつけます。

そこに源行家(杉本哲太さん)が姿を見せました。

行家は、このままでは義経が危ない、頼朝を倒せと義経を唆します。

互いを認めつつ信じられない兄弟。

政治の頼朝、戦の義経。

2人の天才が手を取り合うことを後白河法皇は許しませんでした。

伊予守

義経の処遇について、義経を受領にしたらどうかと大江広元(栗原英雄さん)は進言しました。

受領にすれば、検非違使を兼任することができず、京から離れることができます。

頼朝も義経の扱いを考えていて、義経が自分の非を認めて謝罪すれば、いつでも許し、平家討伐の労を労いたいと思っていたのです。

その知らせを受け取った義経は喜びました。

これで、京から離れ鎌倉に戻ることができると素直に喜んだのです。

頼朝の推挙を受け、法皇は義経を伊予守に任命しました。

しかし、法皇は義経を検非違使のままとして、側に置こうと画策します。

それは未曾有の事でしたが、法皇は伊予守と検非違使の兼任を義経に命じました。

京から離れられないと聞いた義経は愕然としたのです。

頼朝は検非違使兼任の報を聞きいきり立ちました。

法皇に断れなかったのでは、と義時が執り成しても、自分より法皇を取った義経に腹を立てたのです。

酷い裏切りと感じた頼朝は、もう帰ってこなくていい、と言うと部屋を飛び出したのです。

外には、子供たちを遊ばせる八重の姿がありました。

頼朝は八重の意見が聞きたいと、義経との確執について話しました。

八重は頼朝に、子供からも同じような質問を受ける、と答えます。

仲直りしたくてもできない、と訴える子供達。

しかし子供たちは最後には仲直りするのです。

それは相手を信じる気持ちが勝るから。

八重の言葉は頼朝を非難しているようでした。

義朝供養

政子は、頼朝と義経の諍いに頭を悩ませていました。

意見したくても最近の頼朝は政子の意見を聞こうとしません。

北条時政は、兄弟のことは兄弟に任せればいいというのですが、頼みの綱の範頼はまだ九州にいます。

そこでもう1人の兄弟である阿野全成(新納慎也さん)が、10月に行われる源義朝の供養に義経を呼んだらどうかと提案しました。

この妙案に頷いた政子は、すぐに頼朝に相談せよと義時を送り出します。

頼朝の下には、これまで京にいた三善康信(小林隆さん)がやってきていました。

これからは鎌倉で頼朝の政に参加するというのです。

義時が全成の提案を話すと、大江・三善は難色を示します。

三善が言うには、後白河法皇は頼朝と義経がぶつかることを望んでいる節が見られると言うのです。

法皇は昔から大きな力が生まれると、必ずそれに抗う力を作ろうとする、と言うのです。

そこに、文覚(市川猿之助さん)がやってきたとの知らせが入りました。

かつて文覚は、義朝の髑髏としていくつもの髑髏を持ってきては頼朝に見せにやってきていました。

今回も義朝の髑髏が見つかったとやってきたのです。

これが義朝の髑髏だという証があるのかと尋ねますが、証は無いと言います。

しかし大事なのは平家が滅亡し、源氏ゆかりのこの地で義朝の供養を行うこの時に、頼朝の髑髏が見つかりそれを弔うということ。

頼朝がこれは本物だといえば、本物になるのだと文覚は訴えます。

頼朝は髑髏に上座を譲り、お帰りなさいませ、と頭を下げたのでした。

このことを義経に伝えれば、義経は必ず供養に来るはず、と義時は早速義経のもとに向かいました。

里と静の対決

義経の妻・里は愛妾である静に身を引けと命じます。

しかし静は反論、里こそ鎌倉に戻れと啖呵を切ります。

義経は、後は2人で話し合うようにと言うと、退出してしまいました。

そうして出た先には義時が待っていました。

義時は、義朝の髑髏が見つかったので、供養に来て欲しいと訴えます。

義経も供養に行きたいと熱望していました。

義時は、頼朝も義経と膝を突き合わせて話したいと思っていると訴えます。そうすれば、わだかまりなどすぐに解けると。

自分が鎌倉に行った後はどうなるのかと危惧した義経に、義時は、鎌倉に入った後は、また頼朝に仕えればいい、と促します。

邪魔立て

翌朝、行家はそれは罠だと訴えます。

鎌倉に行ったら殺される、と止めるのですが義経の決意は変わりません。

院御所に赴くと、頼朝に会いたい、供養に参列したい、と訴えたのです。

法皇は義経の訴えを聞き、快く了承しました。

頼朝によろしく伝えよ、これからは武家の棟梁として自分を支えよ、と言いかけた時、法皇は倒れました。

脈が止まり虫の息の法皇は、義経に行かないで欲しい、側にいて欲しいと訴えます。

法皇の訴えにより義経は、京から動けなくなりました。

これは、義経を帰したくない法皇の芝居でした。

脇の下に鞠を入れて力を入れて絞めると、脈が止まったようになるというのです。

鎌倉に帰れなくなった義経は、愛妾・静の膝枕で、幼い頃亡くなった父の供養に行きたかった、髑髏でも構わない、会いたかったのだと嘆きます。

静は弔いはどこでもできる、見つかった髑髏が義朝のものであるとは限らない、と義経を慰めました。

襲撃

その頃、里は無頼者を雇って義経たちを襲わせる計画を立て、邸に引き入れようとしていました。

近頃は鎌倉を恐れ、京の義経を見限る動きが活発になってきていました。

その一派である土佐坊昌俊が里に雇われ義経の宿所を襲撃しました。

気配に気づいた義経が静を連れて逃げるのですが、追い詰められ戦闘が始まりました。

たった1人で賊に立ち向かう義経ですが、その強さは計り知れず、敵はどんどん倒されていきます。

途中、武蔵坊弁慶も加勢し、義経たちは土佐坊を追い払いました。

負傷した義経に行家は、これは鎌倉が差し向けた刺客だと訴えます。

頼朝は武家の棟梁の座を義経に奪われてしまうのが怖いのだ、と行家は義経に挙兵を促します。

院御所に行き、頼朝追討の宣旨をもらえと義経を唆すのです。

義経は、兄と戦わねばならないことに泣き崩れました。

義経挙兵

文治元年(1185年)10月18日、後白河法皇は義経の求めに応じ、源頼朝追討の宣旨を出しました。

22日、その知らせは鎌倉に届きました。

義時は項垂れ、沈痛な面持ちの頼朝は全軍で京に攻め上ると命じました。

しかし、義経の強さを知る御家人は、義経との戦闘に難色を示します。

時政が全軍で当たればいくら義経とて勝てるだろうといっても、それは義経の強さを知らないからだと一蹴されてしまいます。

そんな時、梶原景時が総大将を買って出ました。

頼朝は景時の言葉に喜ぶのですが、景時と共に戦に行こうとする者はいません。

困った義時が三浦義村(山本耕史さん)に目配せをすると、義村が立ち上がり御家人たちを鼓舞します。

その言葉に畠山重忠、和田義盛も賛同し、話し合いの流れが変わりました。

後に義時が義村に感謝すると、義村は「俺の読みでは戦にはならない。九郎のやつは戦わずして負ける」と言うのです。

それというのも、今京で義経を取り巻いているのは、戦に出なかった者たちばかりで、無謀な戦ばかりしている義経に従う兵はいない、と考えていたからです。

頼朝挙兵

29日、頼朝は、義経・行家を倒すため、自らが全軍を率いて京に向けて出発しました。

それは義経を決して許さないという意思表示。

頼朝出陣の報は、全国を駆け巡りました。

奥州の藤原国衛は頼朝がいない鎌倉を今こそ討とうと父・秀衡(田中泯さん)に訴えます。

秀衡は、この戦で義経に勝機があるのかと心配していました。

鎌倉の大軍の噂を聞いた行家は逆上し、自分は止めたのになぜ挙兵したのだと義経を責め始めました。

義経は挙兵したものの兵が集まらず、このままでは危険な状況です。

義経は京から逃げ、九州で力を蓄えることにしました。

愛妾・静とはここで別れ、妻の里は一緒に連れて行くというのです。

勝ち誇った笑みを浮かべる里が準備のため退出すると、義経は静にいつか必ず迎えに行く、と約束し、鎌倉に捕まっても自分との関係は一切口にするなと厳命したのでした。

法皇は、義経が姿を消し、頼朝が京に攻め上ってくると知り、側近に頼朝追討の宣旨を取り消し、頼朝に義経追討の宣旨を出す、と命じました。

時政上洛

一方の頼朝は、義経失踪の知らせを受け、鎌倉に戻りました。

北条時政を呼ぶと、時政に京に行き義経と行家を探して捕らえるよう命じました。

その際には法皇の協力を仰げと指示を出します。

時政はりく(宮沢りえさん)に叱咤され、いやいや京に向かうことになりました。

北条時政は鎌倉武士初の京都守護として軍勢を率いて上洛しました。

時政と共に法皇に謁見した義時は、頼朝が追討の宣旨を出されたことに心を痛めていると訴えました。

すると法皇は、義経に脅され無理やり仕方なく宣旨を出したのだと全てを義経のせいにしました。

義時は「されど我が主は疑っております。法王様は日の本一の大天狗。お言葉を信じてよいものかと…」と訴えます。

法皇が怯んだ隙に時政は、義経を捕らえるためという名目で、畿内を始め西国諸国を頼朝が統治し、各地に国地頭を置き、米と兵を集めたいと嘆願したのです。

その夜、時政と義時の宿舎に義経が現れました。

疲れた様子で、捕えるなら捕えればいい、という義経の言葉に時政は、九郎義経は九州に逃げているはず、ここにいるのは偽物だというと、笑顔を見せました。

義経は、頼朝との仲は今から何とかならないかと相談します。

自分の何が悪かったのだろうか、と問いかけた義経。

義時は、九郎殿は人を信じすぎた、と答えました。

「策に長けた者は返って騙されやすいものだ」と時政は言います。

これからどうするのかと義時が問うと、義経は奥州に戻ると言います。

しかしそれでは奥州との戦になってしまうと義時は止めました。

戦のない世で私のような者はどうやって生きていけばいいのか、と苦悩する義経を「平家をあれほど翻弄した義経ならば、あれだけの知恵があれば、どこでも生きていける」と義時は慰めます。

義経は力なく立ち上がると、政子への伝言を頼み、部屋から出ていこうとしました。

時政は「あなたはおっしゃった。経験もないのに自信もなかったら何も出来ぬと。自信を付けるには何がいいか。経験でござるよ。まだまだこれからじゃ」と時政は言うと義経は2人に笑顔を見せ、立ち去りました。

義経を見送った時政は「まるで、平家を滅ぼすためだけに生まれてこられたようなお方だな」と呟きます。

義時は「平家をあれほど翻弄した義経ならば、あれだけの知恵があれば、どこでも生きていける」と。

「九郎殿はまっすぐ過ぎたのです。羨ましいほどに…」と義経が去った雪の降る外を見つめ続けました。

次回、第20回「帰ってきた義経」

京を離れ、奥州へ逃れた源義経(菅田将暉)。しかし、温かく迎え入れてくれた奥州の覇者・藤原秀衡(田中泯)が程なく死去。これを知った義時(小栗旬)は、状況を探るため平泉行きを志願するが、義経の才を恐れる源頼朝(大泉洋)は、藤原国衡(平山祐介)・泰衡(山本浩司)兄弟の仲の悪さにつけ込み義経を討つように冷たく命じる。八重(新垣結衣)に見送られ、平泉へと発たつ義時。一方、捕らわれた静御前(石橋静河)は鎌倉で……

NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」公式サイトより

とうとう義経と頼朝の仲が破綻。

義経の逃亡生活が始まってしまいました。

奥州に戻ってはいけない、という義時の言葉を義経は聞き入れてくれませんでしたね。

義経を育て守った藤原秀衡が亡くなり、義経は窮地に陥ります。

静御前も鎌倉に捕らえられてしまいます。

次回、第20回「帰ってきた義経」は義経の悲劇の回になりそうですね。

最後に

今回は頼朝と義経の仲を引き裂こうとする人々に苛々とさせられました。

何とかして2人の仲を修復したいと策を講じても、西田敏行さん演じる後白河法皇と杉本哲太さん演じる源行家が邪魔をしてきます。

捻じ曲げて受け取るな!騙されないで!と菅田将暉さん演じる義経にテレビ越しに訴えてしまいました。

頼朝が伊予守に推挙するという手紙を受け取った時の嬉しげな表情は印象に残りました。

それが後白河法皇の言葉で希望が打ち砕かれ、真っ白な表情になりました。

笑いながら2人を引き裂く後白河法皇に憎しみが湧いてきましたね!

同じく行家にも。

もう、黙って!と何度も思いました。

しかも自分が挙兵を促したくせに頼朝の大軍の噂を聞いたら手の平を返し見捨てて逃げるなんて。

死神、まさにそうですね、本当に疫病神な人でした。

冷酷な頼朝ですが、義経挙兵の報を聞いた時の悲痛な表情は心に刺さりました。

誰も信じず、頼れるのは身内のみ、と言っていた頼朝なので、義経の裏切り(本当は裏切っていませんが)が許せなかったのでしょう。

頼朝も他人の言葉に踊らされ、義経との仲を悪化させていきますが、2人の仲を引き裂こうとする人々がなんと多いことか。

後白河法皇、源行家、梶原景時、大江広元もちょっとそうですかね。

義時が2人の仲を取り持とうと必死になっているのに、全てが無駄になっていくことが悲しくてたまりませんでした。

2人のすれ違いがもどかしく苦しい回でしたが、坂東彌十郎さん演じる北条時政のキリッとした姿や優しさに救われた回でもありました。

最後、訪ねてきた義経を捕らえる事なく話を聞き、励ます時政。

かっこよかったです。

さて、次回第20回「帰ってきた義経」。

義経は奥州に逃亡し、藤原秀衡の庇護下に入りますが、穏やかな時は長くは続きません。

奥州で悲劇が待ち受けています。

このところ、ピュアな義経が描かれていて、義経の悲劇に苦しくなりますが、この史実がどのように描かれるのか、楽しみに次回を待ちたいと思います。

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