青天を衝け 第15回「篤大夫、薩摩潜入」のあらすじと感想とネタバレ

2021年大河ドラマ「青天を衝け」は、NHK総合にて毎週日曜夜8時から、BSP、BS4Kにて毎週日曜午後6時から、毎週土曜日午後1時5分から再放送が放送中です。

目次

前回のあらすじ

一橋家家臣・平岡円四郎(堤真一さん)から、一橋家家臣にならないかと誘われた渋沢栄一(吉沢亮さん)と従兄の渋沢喜作(高良健吾さん)。

しかし、栄一たちは円四郎の誘いを断ろうとします。

仕えるか、捕まるしかないという状況でありながら、自分たちは攘夷の志士であると煮え切らない態度を見せます。

すぐには決められない、と言った2人を円四郎は一旦帰しました。

部下の川村恵十郎(波岡一喜さん)が心配するのですが、特に小さい方の渋沢はそこまで馬鹿じゃない、と2人の判断を待つことにしたのでした。

宿に戻って話し合いをする栄一と喜作。

喜作は、自分たちは攘夷の志士、昨日まで幕府を潰すと言っていながら徳川の家臣になるなど、裏切り者と言われる、と仕官反対の意見です。

栄一も喜作の気持ちに理解を示しながらも、少しも世の役に立たないうちに一身を終えるなんてしたくない、と反論したのです。

今卑怯と言われようともこの先のやることで誠の心を示す、それにこの仕官の道はよく考えれば一挙両得の上策だ、と考え、2人は心を決めたのです。

次の日、円四郎を訪ねた2人は、自分たちは日の本のことを思う志士なので、主となる一橋慶喜(草彅剛さん)に自分たちの意見を直接建白したい、と訴えたのです。

円四郎は、2人の訴えに仰天したのでした。

この頃、慶喜はとても大変な立場になっていました。

慶喜は朝議参与に任命され、御前会議で政に意見を言う傍ら、将軍後見職も務めていました。

外様大名が力を持ち始め、政に参加するようになり、それに対抗するように幕府の老中も入京していたため、慶喜は板挟みになり、とても大変な時期だったのです。

朝廷からの要請で、横浜鎖港交渉を続けていた幕府。

しかし、対英戦での敗戦から攘夷は無謀と考えるようになった薩摩藩は、横浜鎖港を撤回するという意見に変化してきていました。

薩摩の思惑でころころと政策が変わり、それに対応する幕府は怒り心頭に達していました。

薩摩が「閉じるな」というならば、幕府は「閉じよ」という決定を下すというのです。

慶喜への拝謁を望んだ栄一たちのために、円四郎は策を巡らせ御乗切りの日に決行しました。

2人の出現が円四郎の企みと知った慶喜は、2人を邸に呼ぶように命じます。

数日後、2人は念願の拝謁を許され、自分たちの意見を存分に建白したのですが、慶喜は黙って聞くばかり。

話が終わったとみると、すぐに退席してしまいました。

呆然としていると、慶喜と一緒に退席した円四郎が戻り、今の世の中の情勢を教える、と日本が置かれている状況、朝廷や公家、幕府や薩摩相手に慶喜が毎日奮闘している様を伝えたのです。

そして、これからは一橋のためにきっちりと働け、と声をかけると2人に刀を渡したのでした。

円四郎の話を聞いて目からウロコが落ちたようだと感じた2人は、こうして一橋家で働くことになったのです。

初めての仕事を終えて与えられた住処に行くのですが、京での暮らしで所持金は無し。

案内してくれた猪飼勝三郎(遠山俊也さん)にお金を借りて、極貧の暮らしが始まりました。

その頃、朝廷への影響力を高めたい島津久光は帝の信頼厚い中川宮に取り入っていました。

島津の要請通り、参与諸侯は幕府の政に参加できるようになり、その祝宴を開いていました。

将軍・家茂は宴会に現れると参与諸侯に酌をして回ります。

外様にまで酌をする将軍を慶喜は嗜めるのですが、帝から参与と協力して政を行うよう命じられたので仕方がない、と家茂は言うのです。

家茂が去ると、島津は将軍が酌をするなど威光が失われた、と家茂を笑い飛ばします。

そして、中川宮から聞いた話として、朝廷が横浜鎖港を撤回する、という話を始めたのです。

それを聞き咎めた慶喜は激高し、中川宮邸に乗り込みました。

慶喜の迫力にたじろぎ、誤魔化そうとする宮に対し、慶喜は苦言を呈します。

そして、島津久光らを天下の大愚物、と評し、立ち去ったのでした。

慶喜は徳川を守ると心を決め、この日を境に参与会議は消滅し、京での政治主導権は幕府の手に戻ったのでした。

前回、第14回「栄一と運命の主君」と見逃した方はぜひこちらをどうぞ。

それでは、第15回「篤大夫、薩摩潜入」のあらすじと感想です。

新しい名前

一橋家に勤めてひと月が経ち、栄一と喜作は初めての俸禄を得ました。

喜作は喜びこの俸禄で酒でも、と口にするのですが、栄一はお金は大事に使うべき、と喜作を諌めます。

京で生活を始めてから持ってきたお金はすぐに底をつき、今では25両もの借金を抱えていたのです。

倹約しなければ、という栄一に円四郎は感心していました。

そして、岡部の領主に話をつけておいた、と伝えたのです。

2人は岡部藩の百姓でした。

それを岡部の領主に何の断りもなく引き抜くことはできません。

それ故、円四郎は岡部藩と話を付け、2人は正式に一橋家の家臣になったのです。

円四郎は栄一の名前が武士らしくないと考え、栄一に武士らしい名前として「篤大夫」という名前を授けました。

栄一の篤い志しから名付けたといいます。

貰った栄一は、「響きがじじいみたい」と不満のようですが、円四郎の得意そうな顔を見て、黙って授けられました。

それならば自分も、と喜作が新しい名を欲しがると、円四郎は「そのままでもいいじゃないか」と言います。

それでも喜作が食い下がると「成一郎」という名を授けました。

栄一は「なら自分も篤一郎がいい」と言いだしたのですが、円四郎は「お前には篤大夫が似合ってる」として、譲りません。

栄一は、その名前を受け入れるしかありません。

「篤を持って人に教えよとの気持ちで名乗らせてもらう」とありがたく受け取ったのでした。

こうして正式に一橋家家臣の渋沢篤大夫と渋沢成一郎が誕生したのです。

家康(北大路欣也さん)の話

元号が文久から元治に変わり、渋沢家の2人がようやく徳川のファミリーとなりました。

慶喜の「大愚物」騒ぎから、朝議参与が勢いを失い始め、一橋慶喜への期待が高まっていました。

そして、同時に慶喜の第一の家臣である平岡円四郎の名も広く知れ渡るようになります。

一橋家の家臣たち

仕事の最中、篤大夫たちは一橋家の家臣たちがかつては攘夷を志していた人々だということを知りました。

側近の原市之進(尾上寛之さん)は、水戸藩で水戸学を修め攘夷を志していましたが、慶喜に出会い考えを改めたといいます。

川村恵十郎も同様だといいます。

黒川嘉兵衛(みのすけさん)は、元は公儀の旗本でした。

ここにいる者で、代々一橋に仕える者は少なくなってきたと猪飼は言います。

猪飼が小姓として慶喜に仕えていた時、何度も失敗して慶喜に怪我をさせてしまったのですが、その都度、慶喜は自分が悪かった、と猪飼を庇ったのだといいます。

こうした慶喜の人柄に惹かれて、一橋家の家臣たちは身分を問わず、様々なところから優秀な人材が集まってきていたのでした。

話を聞いていた篤大夫と成一郎は、自分たちは攘夷の志を忘れず、ここで世の中の動きを掴み、なんならここの連中や一橋の殿や平岡様も巻き込んで立ち上がる機会を探るんだ、と意気込みました。

血洗島では

その頃、飛脚を殺めた件で板橋宿に投獄されている尾高長七郎(満島真之介さん)と兄・惇忠(田辺誠一さん)は、ようやく会うことができました。

弟のやつれ果てた姿に心を痛める惇忠。

深く反省しているものの、何の罪もない人を殺めたため、すぐに釈放されることはない、と惇忠は中の家の人々に報告していました。

すると、岡部の陣屋に呼ばれていた渋沢市郎右衛門(小林薫さん)が帰ってきました。

栄一と喜作について呼ばれていたのですが、詳しいことは聞かされず、ただ、2人は岡部の領分から外れたこと、二度と領内には入れるなと代官は立腹していたと伝えました。

何でそんなことに、という家族に、一橋家から掛け合いがあったためだと説明する市郎右衛門。

2人の無事は確認できたものの、どうなっているのか、事態が飲み込めずにいました。

忙しい兄に変わり、油売りの仕事に精を出す尾高平九郎(岡田健史さん)。

平九郎は北武蔵の天狗と呼ばれた兄と同じように、京に出て天下の為に働いてみたかった、自分はこのまま油売りのままで終わってしまうのか、と自嘲していました。

栄一の妹・てい(藤野涼子さん)は、平九郎がどこかに行ってしまったら寂しい、自分は油売りの平九郎を慕っていると想いを告げ平九郎を励まします。

平九郎もていの言葉に励まされたのでした。

隠密命令

篤大夫は円四郎から、薩摩の折田要蔵(徳井優さん)という人物を探れという命令を受けました。

幕府は、帝のお膝元である摂海の守りを強化するため、御台場の建設を考えていました。

そこで海岸防備に詳しいと評判の薩摩藩の折田要蔵が御台場築造掛に抜擢されたのです。

折田が評判通りの人物ならば、薩摩から一橋に引き抜きたいと円四郎は考え、篤大夫に調査して来いと命じたのです。

円四郎は、将軍・家茂が19歳となるため、近いうちに慶喜は将軍後見職を降り、禁裏、京を守ることに専念してもらいたいと考えていました。

そのため、折田が評判通りの人物ならば手懐け引き抜きたいと言うのです。

現在折田は大阪にいるといいます。

篤大夫は、薩摩の腹の内を知るは、至極大事な勤めである、と言うと大阪へと向かいました。

潜入

大阪に入り、台場作りを学びたいと折田の下に潜入した篤大夫。

折田の命令通り、掃除に励み、文書や絵図を書き写す日々。

折田のもとには、薩摩藩からだけでなく、幕府や会津、土佐、備中など各藩から台場作りを学びたい武士たちが集まってきていました。

地方から集まった人々が、互の訛で会話に苦労していると、篤大夫はそれを訳して間を取り持ちました。

集まった武士の中での折田の評は、大風呂敷を広げるだけで信用できない、とよくありません。

薩摩藩士は、一橋家から来た篤大夫をよく思わず、一橋の密偵ではないかと疑っていました。

薩摩藩士が篤大夫を呼び出そうとした時、邸内で喧嘩が始まったという声が上がりました。

篤大夫たちが駆けつけると、そこには折田を締め上げる西郷吉之助(博多華丸さん)の姿がありました。

折田の大法螺吹きが台場を拵えるなんて口達者に話して、ここで偉そうに旗本顔してると聞いて、喉でも絞めてやろうとやってきたというのです。

西郷は見慣れない顔の篤大夫に目を留めました。

篤大夫は西郷と折田の会食に同席すると、西郷から折田をあまり信用するな、もっと学ぶことがある、と助言されました。

折田は反論し、国父と公家を結び付けられるのは自分だけ、と口にします。

西郷は折田に比べたら、エゲレス船に乗り込んだ五代才助(ディーン藤岡さん)の方がまだましだと評しました。

西郷に気に入られた篤大夫を薩摩藩士たちは妬み、やはり一橋の回し者、と疑いを強くしました。

潜入報告

それから篤大夫は折田の使い走りをしたり、書類や絵図を書いたり数週間真面目に働きました。

休みになると、篤大夫は京に戻り、「折田は一橋家に召し抱える程の者ではない」と報告しました。

篤大夫の報告から折田が島津の命令で山階宮家と繋がりを持とうとしていることを知った円四郎。

報告を終えた篤大夫に、円四郎は労いの言葉をかけ戻ってくるよう命じます。

篤大夫は立ち去ろうとした円四郎を呼び止め、自分が少しでも役に立ったと思うのならば、他の志士も召抱えてはどうかと建言します。

円四郎も優秀な家臣を増やしたいと考えていたところではあったのですが、お金がない、と零します。

さほど高い禄や高い身分を望まず、一橋のために働いてくれる者がいるだろうか、という円四郎の呟きに、篤大夫は「います」と力強く言うのです。

篤大夫の言葉を聞いた円四郎は、殿に建言しようと約束してくれたのでした。

薩摩の謀

薩摩は朝廷と深く関わり、政治の表舞台に再び立とうと目論みました。

円四郎は篤大夫の報告の元、薩摩は禁裏御守衛総督の座を狙っているのでは、と慶喜に報告しました。

このままでは薩摩が朝廷を取り込み、政府が2つ出来てしまうことになります。

慶喜はその謀は絶対に阻止しなければならないと口にします。

円四郎は心得たように、自分と黒川とで公家を周り、一橋がその役目に付けるよう手はずを整えると請負いました。

元治元年(1864年)3月25日、慶喜は将軍後見職を免じられ、同時に禁裏御守衛総督に任命されました。

配下に、京都守護職の松平容保、京都所司代の松平定敬らが付き、京で一橋慶喜のもと、朝廷をも取り込み新しい体制が始まったのです。

その知らせを受けた島津は激高しました。

島津は一橋の力は侮れないと危惧します。

まだ、兵を持っていないだけで、このまま放っておけば、天子様を擁して天下に号令する勢いだと危ぶんでいました。

側近の大久保一蔵(石丸幹二さん)は、平岡の力だと思案します。

「巷では、天下の権、朝廷に在るべくして在らず幕府に在り、幕府に在るべくして在らず一橋に在り、一橋に在るべくして在らず平岡に在り」と評されているといいます。

今の一橋は破れない、と大久保は断定したのです。

大久保は薩摩に戻ることを提案しました。

異国との交易を盛んにし、富を得て、兵を整え、将来の戦に備えようと建言したのです。

そして島津は、京に西郷を残し、大久保を伴い薩摩に戻りました。

この時から、薩摩は打倒徳川へと向かい始めたのです。

慶喜は、水戸藩の武田耕雲斎(津田寛治さん)のもとへ、兵2、300人の援助を申し入れていました。

その書状を読んだ武田は直ぐにでも、と考えるのですが、その時、藤田東湖の息子・小四郎(藤原季節さん)が、筑波山にて攘夷を唱えて挙兵したとの知らせが入りました。

これからの日本

折田の所へ戻り、暇乞いの挨拶をする篤大夫。

篤大夫は、薩摩言葉を一覧にして訳した書を置き土産として仲間に渡しました。

大阪を去る篤大夫を薩摩藩士の三島と川村が亡き者にしようと画策していると、そこに西郷が現れました。

西郷に呼ばれ付いて行くと、西郷は薩摩の豚を篤大夫に振舞ったのです。

食事中、この日本はどうなると思う?と問われた篤大夫は、「幕府が倒れ、どこかの強い豪族による豪族政治が始まると思う」と語ります。

幕府は既に無力で、朝廷には兵がない、徳川の代わりに誰かが治めるべきで、それは一橋慶喜が良いと思う、と答えたのです。

西郷が、それは薩摩では駄目なのか?と重ねて問うと、篤大夫は「薩摩の今の殿にその徳がありますか?」と問いかけたのです。

あるならそれもいい、自分は徳のある方に、才ある者を用いて国をまとめてもらいたい、と言ったのです。

西郷は、平岡様も面白い人を拾ってきた、と篤大夫を評しました。

円四郎から西郷に会えたらよろしく伝えてくれと言われていたと篤大夫が告げると、円四郎は智弁俊逸、左内は才識高邁と言われていたものだ、と語りました。

かつて3人で慶喜を将軍にしようと頑張っていたのですが、3人揃って、井伊の赤鬼にやられてしまった、と西郷は言います。

そして、円四郎は一を聞いて十知る男なので気をつけなければならない、あまり先のことが見え過ぎる人間は、往々にして非業の最期を遂げてしまうのだ、と円四郎を気遣うのでした。

京に戻った篤大夫が邸に戻ろうとすると、邸の前を伺う不審な武士の姿があります。

篤大夫が声をかけると、不審者は慌てて逃げ出し、同行していた川村が後を追いました。

円四郎は家老並みに昇進していました。

篤大夫の建言が通り、篤大夫と成一郎は関東に出張し、身元確かで人物堅固なる者を召抱えてこい、と命じられたのでした。

順風満帆に見えた一橋に、思いもかけぬ波乱が待ち受けていました。

次回、第16回「恩人暗殺」

篤太夫と成一郎は、円四郎に命ぜられ、一橋家の兵と家臣を募るべく関東に出向く。二人はかつての同志・真田範之助に会い、一緒に働くことを勧めるが一蹴されショックを受ける。血洗島村では惇忠と平九郎が水戸騒動に関わった嫌疑で連行され、惇忠は牢に入れられる。一方京都では土方歳三ら新選組が池田屋を襲撃。攘夷派志士の怒りは、禁裏御守衛総督の慶喜と側近・円四郎に向かっていく。

大河ドラマ「青天を衝け」公式サイトより

篤大夫と成一郎は仲間の志士を一橋に引き入れるために関東へと向かいますが、かつての同士に一蹴されてしまいます。

血洗島では惇忠と平九郎までもが騒動に巻き込まれ、尾高家は大混乱となってしまいます。

京では、西郷の懸念が的中し、円四郎の身に危機が迫っていました。

西郷の言葉が頭から離れない篤大夫は円四郎の身を案ずるのですが…。

最後に

今回の物語も緩急が効いていてとても面白く視聴していました。

一橋家家臣のほのぼのエピソードは面白かったですね。

鼻血を出す慶喜、頭に包帯を巻いて痛々しい慶喜。

それでも笑顔で家臣を庇う慶喜の人柄に笑みを浮かべてしまいました。

また、徳井優さん演じる折田の間が抜けたような感じがとても面白かったです。

偉そうに自慢げに何度も役職を連呼する姿、西郷に締め上げられ逃げ惑う姿、そして国父と公家を取り持つ、と自信満々に言う姿。

徳井さんの演技が可愛らしくコミカルで笑いがこみ上げてきました。

でも、大切な情報を流してしまったんですけどね。

聞き逃さなかった栄一は、円四郎にきちんと報告していました。

そこから薩摩の謀が類推できてしまう円四郎は、素晴らしく聡明な人だったんですね。

堤真一さん演じる円四郎は、鋭さもありますが、どちらかといえば大らか、細かいことは気にしない江戸っ子気質の竹を割ったようなお兄さん、という印象が強くありました。

愛嬌たっぷりの演技に、毎回見惚れていました。

しかし、名が知られすぎたのでしょうか、次回は大変なピンチを迎えてしまいます。

残念です、本当に残念。

史実ですから仕方がないのですが、ここから先円四郎がいなくなるのは本当に寂しいです。

栄一の真面目さ、才気も光っていましたね。

西郷相手に臆さずに持論を展開する肝の座り具合は見事ですし、豚鍋を美味しそうに食して相手の懐に入り込む愛嬌ある姿。

栄一は人の心を掴むのが本当に上手いですね。

栄一の成長、成功にワクワクしました。

栄一といえば、篤大夫の名を貰うくだりも楽しかったです。

これから緊張感が増すシーンがどんどん増えてくると思うので、こういうほのぼのシーンが多くて、今回は穏やかに視聴することができました。

さて、次回第16回「恩人暗殺」では、栄一たちの恩人、平岡円四郎が暗殺されてしまいます。

円四郎の死なんて本当は見たくないですけど、きっと切なくて迫力ある素晴らしいシーンになること間違いないと思うので、本当に残念で悲しいけれど、次回に期待しています。


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