青天を衝け 第14回「栄一と運命の主君」のあらすじと感想とネタバレ

2021年大河ドラマ「青天を衝け」は、NHK総合にて毎週日曜夜8時から、BSP、BS4Kにて毎週日曜午後6時から、毎週土曜日午後1時5分から再放送が放送中です。

目次

前回のあらすじ

尾高長七郎(満島真之介さん)の必死の訴えにより、横浜焼き討ち計画は中止となりましたが、八州廻りに目をつけられた渋沢栄一(吉沢亮さん)と従兄の喜作(高良健吾さん)は京に向かうことにしました。

2人は、京に行く手立てとして、江戸で知り合った一橋家の家臣・平岡円四郎(堤真一さん)を頼ることにしました。

しかし、江戸の平岡邸に到着しても、使用人に不審に思われ、取り次いでもらえません。

2人が必死に食い下がっていると、円四郎の妻・やす(木村佳乃さん)が現れました。

やすもまた、2人を平岡の名に群がる不審者だと思い、追い返そうとするのですが、2人の会話から、円四郎が気にかけていた渋沢栄一だとわかると、2人の無事を喜び、家に招き入れたのです。

やすは、円四郎は慶喜に付いて京に入ったことを伝えました。

そして、渋沢という名の2人組が円四郎を訪ねてきたら、渡して欲しいと書状を預かっていると伝えたのです。

それは、2人が円四郎の家臣であるという証でした。

それさえあれば、胸を張ってどこへでも行ける、と聞いた栄一たちは、喜びそれを受け取ろうとします。

しかし、受け取ろうとした瞬間、やすから「主に忠誠を誓って尽くし、主や円四郎を守るのだろうね」と詰め寄られました。

たじろぐ喜作に対し、栄一は思わず「はい、忠誠を誓います」と宣言してしまいました。

一橋家の家臣に見えるようにと衣装を整えた2人は京へと向かいました。

その頃、血洗島では、狐が見えると言ったり、悪夢に魘されたりする長七郎の様子を皆が心配していました。

長七郎も江戸に旅立ちたいと兄・惇忠(田辺誠一さん)に懇願するのですが、長七郎を心配する惇忠は許しません。

京に到着した2人は、歴史ある華やかな街並みに目を奪われます。

すると、逃げる浪士を追いかける新選組と出会いました。

新選組は、京の治安を守るため組織されたものだったのですが、京ではその存在は恐れられ忌避されていました。

そして、新選組による攘夷浪士の取締は一橋慶喜の佞臣・平岡円四郎の企みだと攘夷浪士の間で噂されていたのです。

円四郎の伝手で京まで来た2人は、円四郎にお礼を言うために慶喜の詰所に行くのですが、多忙な円四郎には取り次いでもらえません。

とりあえず、礼は尽くした、と考えた2人は京の攘夷活動の様子を探ろうと攘夷の志士たちを訪ね歩くことにしました。

文久4年、政の中心は江戸から京へと大きく移っていました。

朝議参与に命じられた徳川慶喜(草彅剛さん)、松平春嶽(要潤さん)たち。

その中心にいたのは武力に勝る薩摩の島津久光でした。

薩摩の動向を疑う慶喜。

薩摩はもう一度鎖国を行うことを目論見、春嶽は、一度全てを捨て自分たちで新しい世を作りたいと考えていました。

慶喜は、そんな春嶽の考えに怒りを覚えたのでした。

何度行っても円四郎に会えないまま、月日が経ちました。

京の攘夷志士から情報を得るための飲食代や高価な宿代で、2人の懐が寒くなってきていました。

京の攘夷を語る浪士たちは、幕府の不満を述べるのみで何の行動も起こさないことがわかった栄一たち。

このままではいけないと、栄一は近況報告に加え、横浜焼き討ちを再計画したい、長七郎も京に来てもらいたいと惇忠に書送ったのです。

栄一の手紙を受け取った惇忠は、長七郎を京に行かせることにしたのですが、心配のため、同士の中村三平に同行を頼みました。

京に向かう途中、同士だった河野の墓に立ち寄った長七郎。

そこで狐の婚礼行列を見てしまいました。

狐に惑わされた長七郎は感情のままに刀を振るい、狐とは全く別の飛脚を斬殺してしまったのです。

長七郎が牢に囚われたという情報は直ぐに栄一たちのもとに届けられました。

長七郎は栄一が書いた手紙を所持していたため、栄一たちにも追っ手が向けらました。

慌てて逃げようとした2人に円四郎の使いが来て、円四郎のもとへ連行されました。

2人が京へ来る際に、円四郎の家臣であると名乗っていたため、問い合わせが来たというのです。

初めはごまかしていた栄一ですが、円四郎の説得により全てを打ち明けました。

無謀な2人に呆れる円四郎ですが、2人に殺人や窃盗の罪がないことを確認すると、一橋の家臣になれ、ともう一度2人を誘ったのでした。

前回、第13回「栄一、京の都へ」を見逃した方はぜひこちらをどうぞ。

それでは第14回「栄一と運命の主君」のあらすじと感想です。

円四郎の誘い

せっかく円四郎に一橋の家臣になれ、と誘われたにも関わらず、栄一と喜作はそれを断ろうとします。

円四郎から「断る気か?仕えるのかとっ捕まるのかどっちしかねえんだぞ!」と言われても煮え切らない態度。

すぐには決められないのでよく考えてから返答すると答えた2人を円四郎は送り出しました。

部下の川村恵十郎(波岡一喜さん)に公儀への返答を引き伸ばすよう命じた円四郎に、川村はそれでいいのかと問いかけます。

円四郎は、あの渋沢は、特に小さい方はそこまで馬鹿じゃない、ただの馬鹿じゃない、いろいろ教えてやればきっと、今の世を正しく理解できるようになる、と明言しました。

宿に戻った2人は、円四郎の申し出について話し合いました。

喜作は、昨日まで幕府を潰すと言っておきながら、今日になって徳川方の一橋に仕官するなんて、命が惜しくなって志を曲げたと後ろ指を指されるに決まっている、と言います。

栄一も、その通りだ、いっそ、ここで命を絶つか、と口にしました。

「まごまごしているうちに縛られて獄に繋がれるより、その方がきっと、志を貫いた潔い男と言われる、言われるかもしれないが、俺はゴメンだ、いくら潔いとか志があるとか言われようが、気位ばかり高くて少しも世の役に立たねえうちに、一身を終えるなんて、俺は決してそんなことはしたくねえ、世のために理を出さねば何にもならねえ、生きてさえいれば、今、卑怯と言われようが志を曲げたと後ろ指を指されようが、この先の己のやることでいっくらでも誠の心を示すことができる」と言います。

喜作は反対を唱えますが、栄一はさらに続けます。

今、一橋の家来になれば、幕府への嫌疑が解け、長七郎を救う手立ても見つかるかも知れない。

「ただ、生き延びるためだけじゃねえ、平岡様が開いてくれたこの仕官の道は、よーく考えれば一挙両得の上策だと俺は思うんだ」

生き生きと語る栄一に、「お前、わくわくしてねえか?」と問いかける喜作。

栄一は、わくわくはしてねえ、ぐるぐるどくどくして、あのお方の言葉を借りるなら、可笑しれえ気持ちになっちまった、というのでした。

後日、円四郎のもとを訪れた2人に、円四郎は答えを求めました。

すると2人は円四郎の好意に深く感謝を表し、しかし、自分たちは百姓でありながらも1人の志士であると宣言します。

一橋に仕えるのならば、慶喜に自分たちの意見を建白したい、と主張したのです。

円四郎に建白書を渡し、円四郎も渡しておく、というのですが、自分たちで直にお耳に入れたい、と言うと、円四郎は仰天します。

今の慶喜の状況

ここで、家康(北大路欣也さん)が登場しました。

いま栄一は慶喜に直に会わせろと言っていましたが、とんでもない、というのです。

この頃の慶喜は朝議参与に任命され、帝の御前会議へ参加し、政に意見をするようになりました。

これは、長州に変わって力を持ちたい島津の提案でした。

参与諸侯の中でも薩摩の島津久光を始めとする外様が幕府に対抗する力を持ち始めていました。

そこに将軍家茂と幕府の老中たちも勝手をさせてはなるものかと江戸からやってきたのです。

朝議参与でありながら、将軍後見職にある慶喜はその板挟みになったのです。

慶喜はピンチだったのです。

幕府と薩摩の対立

慶喜のもとに、老中が来て、横浜港封鎖についての話をしていました。

幕府では横浜港を閉じるか否かで意見が分かれていました。

老中・水野忠精は、江戸でよくよく話し合ってみたが、最近では薩摩は港は閉じない方がいいと言っているといいます。

英国と戦を起こした薩摩はようやく攘夷は無謀と考えを改めるようになっていました。

しかし、老中・酒井忠績は、薩摩の説に公儀が従うわけにはいかない、と言うのです。

昨年は長州に迫られ攘夷を約束し、次は薩摩に港は閉じるなと言われ鎖港を引き下げるのでは公儀は薩長に振り回され、少しも見識を持たぬことになる、と主張します。

薩摩の強い働きかけで、横浜鎖港が決定され、幕府はそれに対応していました。

ころころと変わる意見に振り回され怒り心頭の老中たちは、薩摩が閉じるな、と言うならば、公儀は閉じよ、だと主張したのです。

参与たちで会議中、島津が、今更港を閉じるのは良い策では思えない、と言いました。

春嶽も島津に賛同します。

大体、今の公儀の方針は出来もしないことを朝廷に気に入られるため舌先三寸で嘯くだけのまさに姑息な処置、と笑います。

すると、「姑息?半年前まで攘夷、攘夷と言っていた姑息な男は誰だったか」と慶喜は島津を痛烈に批判したのです。

拝謁計画

薩摩・朝廷・公儀と対峙し一歩も引かぬ姿勢で世の中を正そうと奔走している慶喜。

そんな大変な慶喜に、見ず知らずの栄一たちを会わせるわけにはいかないのだと、円四郎は頭を抱えていました。

がっくりと肩を落とす栄一たちを見て、円四郎は俺も意地だ、どうにか2人を殿に合わせてやる、と断言しました。

「幸い明日、松ケ崎で御乗り切りがある、お前らはその途中で出てきて、どうにか顔をお見かけしてもらえ」と言うのです。

慶喜は馬に乗っているのでは、と不安がる栄一たちに、円四郎は「おまえら、馬に負けないよう駆けろ、走って走ってどうにか姿をお見せして名乗れ」と助言したのです。

翌日、御乗切りで馬で駆けてくる慶喜一行の前に栄一は立ちふさがり名乗りをあげます。

しかし、慶喜の馬は止まろうとしません。

近づいてくる馬の前に立ちふさがり続ける栄一をいよいよ危ないとふんだ喜作は栄一を引っ張り横に避けました。

その後、馬に置いていかれないように、2人は馬に負けずに走り続けます。

栄一は、名乗り上げると、「このままでは徳川のお命は尽きてしまいます」と慶喜に向けて叫んだのです。

ついに躓き倒れた栄一のもとに、慶喜が馬首を巡らせて戻ってきました。

戻ってきた慶喜は、「そなた、今何と申した」と栄一の言葉を促しました。

「既に徳川のお命は尽きてございます、貴方様は賢明なる水戸烈公のお子、もし天下にことのあった時、貴方様が大事なお役目を果たされたいとお思いならばどうかこの渋沢をお取り立てくださいませ」と叫んだのです。

慶喜が「言いたいことはそれだけか?」と問いかけると、「否、まだ山ほどございます」と栄一は答えました。

2人の出現が円四郎の企みであると知った慶喜は、明日、屋敷へ呼べ、と命じたのでした。

念願の拝謁

数日後、慶喜の屋敷に呼ばれ、拝謁を許されました。

慶喜が部屋に現れると、完結に意見を述べよと命じられます。

栄一は、「先日も申し上げたとおり、幕府の命はもはや積み上げられた卵のようなもの」と言い放ちます。

いつ崩れたっておかしくはない、なまじそんな幕府を取り繕うなどと思わないほうがいい、今のまま幕府が潰れれば、御三卿であるこの一橋も潰れてしまう、それゆえ、自分たちが言いたいことは、この一橋家そのものを盛り上げること、と言います。

「そのためには我々のような天下の志士を集めるのが第一の急務、国を治める轡が緩めば、天下を目指そうと思う者が続々と出てくるが、いっそ、その乱そうとする力のある者をことごとく家臣に召抱えればもう他に乱す者はいない、天下の志士たちが集まれば、この一橋がいきいきするに違いねえ、しかし幕府や大名たちからは、一橋は何をやっている、一橋を成敗だなんて話も生まれちまうかもしれません、万が一そうなったら、やむを得ない、やっちまいましょう!戦はあえて好むことではないが、国のためなら仕方がない、それにもし、幕府を倒すことになったとしても、衰えてしまった日の本を盛り上げるいいきっかけになるかもしれない、その時こそ、この一橋が天下を治めるのです!」と栄一は拳を突き上げ興奮気味に語りました。

このようなことを建白したい、臆病風に吹かれ天子様の勅命を退けた大名たちに背中を見せるのではなく、自分たちが一橋に仕えるに当たり、一橋様にぜひ、大きくなってもらいたい、と栄一は語ったのです。

ふむ、と軽く返事をした慶喜は、話は終わったようだ、と立ち去ってしまいました。

廊下に出ると円四郎は、栄一たちの無作法な態度を慶喜に謝罪しました。

すると慶喜は、円四郎との出会いを思い出した、と笑います。

立ち去ろうとした慶喜に「あの者たちは」と円四郎は問いかけました。

謁見が終わり、呆然としていると円四郎が戻ってきました。

俺の知る限りをわかりやすく教える、と言うと最近の情勢について語り始めたのです。

天子様は今、三条や長州が京から消え、心から安堵されている、そして従来通り任せねば治まらない、と再び徳川へ政を任せている、公儀はその命に従い横浜港を閉じるのを許可して欲しいと異国に使節を送っている、と話します。

「俺だって初めは攘夷だったぜ、でも俺が思うに古臭い攘夷って考えはこの世から消える、これからは異国を追い払うのではなく、我に日本は国と国として、きっちり談判するんだ。攘夷攘夷と異人を殺したり、勝手やった奴らの尻拭いをしながら必死に国を守ろうとしているのがお前らが憎んでいる御公儀だ。徳川の直参なめんなよ、我が殿も臆病風が吹くどころか、朝廷や公方様、老中、薩摩や越前などと毎日一切合切を相手にしながら一歩も後へ引かねえ強情もんだ。力を持ちすぎると疑われ、今じゃ身動きもできない」と説明しました。

少しはこの世の中のことがわかったか、と言い、喜作が頷くと、「分かったならこの先は一橋のためにきっちり働けよ」と2人に刀を渡したのでした。

宿に戻ると、喜作は興奮気味に御三卿の一橋様がお上品どころかそんな強情者だったとは、と驚き、慶喜に興味がわいた、と話します。

いつもはお喋りな栄一は黙り込んだままです。

喜作が声をかけると、夢から覚めたように栄一は話し始めました。

「目からウロコが落ちたみたいだ、京に来てからとんとピンと来なかったが、天子様というのは確かにこの京にいて、周りには公家がいて、今は、公方様や老中や薩摩がいて皆がここに集まって政をしている、その真ん中にいるのが一橋様だ、なんていうか、ぐるぐるもするがぞっともする」と言います。

今まで思い浮かべていただけのものが目の前で本当に動いている、というのでした。

一橋に仕官

こうして栄一と喜作は一橋家で働くことになりました。

幕府や朝廷、他家とのやり取りをする一橋の政務の中枢に連れてこられた2人。

まずは雑用から始まります。

机の前に大量の書類が積み上げられ、書物蔵に運ぶように命じられます。

勝手がわからない場所で右往左往しながら、一橋家での仕事が始まりました。

慶喜の側近・猪飼勝三郎(遠山俊也さん)に自分たちの住処に案内された2人。

狭い住処に驚きます。

食事が出ないため、自炊する必要があるのですが、無一文の2人には鍋もなければ米を買うお金もありません。

自分も子供がいて裕福ではない、と言い、いつか必ず返せ!と念を押した猪飼は2人に財布ごとお金を渡したのでした。

猪飼から借りたお金で生活用品を手に入れた栄一たち。

初めて米を炊いたもののできたものはお粥のようなものでした。

母の作ったご飯が恋しい、と嘆き、夜は布団を借りて寒さに震えながら寝ました。

京へ向かう途中、飛脚を斬り牢に入れられてしまった長七郎は板橋宿に囚われていました。

惇忠が役人に掛け合うのですが、長七郎に面会すら許されない状況です。

栄一たちからも何の便りもなく、血洗島では不安に包まれていました。

慶喜の決意

薩摩藩の島津久光は、今の公儀はもうだめだ、これよりは我らとともに一橋公も奮発してもらわねば、と慶喜に言いました。

奮発するとは、また将軍になれなどというのか、と慶喜が言うと、これ以上は言わない、と島津は言うのです。

島津は天皇に信頼が厚い中川宮(奥田洋平さん)に取り入ることで朝廷への影響力を強めようと考えていました。

薩摩の思惑通り、参与諸侯は天皇から幕府の政に参加が認められましたが、慶喜は薩摩への不信を募らせていました。

新たに幕府の政に参加することが決まった島津久光・山内容堂・伊達宗城・松平春嶽らと慶喜が宴会をしていました。

そこに徳川家茂(磯村勇斗さん)が現れ、これからよろしく頼むというと、各々に酌をし始めたのです。

慶喜は、外様大名にまで酌をする家茂の側に寄り嗜めると、天子からこれからは参与諸侯と国事を話し合え、と言われてしまったので仕方がない、と家茂は言うのです。

家茂が去ると、島津は自分たちを手懐けるためとは言え、将軍が酌をするなど葵の威光が失われた、と家茂を笑い飛ばします。

そして、中川宮から聞いた話、として朝廷はもはや横浜鎖港を撤回する、と言い始めたのです。

それを聞き咎めた慶喜は、そう言っていたのは中川宮で間違いないかと問い詰めます。

どのような朝議により突然そのようなことになったのか了解しかねる、と言い放つと、直に聞いてくる、と中川宮邸へと向かいました。

中川宮の邸で饗された慶喜は、中川宮に酌をしながら横浜鎖港の件を問い質しました。

中川宮は震えながらそんな覚えはない、確かに島津とは話したが、そのような偽りを申したかどうかは覚えていない、と誤魔化そうとしました。

「何をブツブツと」と低い声で威嚇しながら、「宮様一人が欺かれれば、このように大事に至るということを覚えておいていただきたい」と言い、刀を中川宮の目の前におきました。

「今や薩摩の奸計は天下の知るところ、お返事によっては命を頂戴し、私自身も腹を切る覚悟でやって参りました。朝廷の意見が薩摩の工作ごときでこうもころころと変化し、人を欺くのであれば、もう誰が朝廷の言うことなど聞くものか、公儀は、横浜の鎖港を断固やる、港は断固閉じる」と言い放ちました。

春嶽が慶喜の暴言を咎めると、暴論ついでにと「ここにいる3名は天下の大愚物、天下の大悪党でございます」と断言しました。

何でこのような者を信用するのか、島津に宮の台所を任せているからか、ならば、明日から自分が面倒みるからこれからは自分に味方して欲しい、と言うのです。

天下の後見職が大愚物のように思われては困る、と言うと、自分が心得違いというのなら明日から参内はしない、もし、心得違いではないのなら、先ほど言った横浜の儀をぜひ天子様に斡旋してもらいたい、と言った慶喜はそのまま中川宮の前から立ち去りました。

廊下に出た慶喜は、「やっちまいましょう」と高らかに拳を振り上げた栄一の姿を思い浮かべ、笑い始めました。

「とうとうやっちまいましたね」という円四郎とともに笑っていると、春嶽が追いかけてきました。

「私はようやく決心しました。私はあくまで徳川を公方様をお守りします。200余年の間、日本を守った徳川に政権の返上など決してさせませぬ」と宣言したのです。

一橋邸に戻ると、ようやく薩摩に一泡吹かせた、と慶喜は笑顔を見せました。

そして家臣たち全員に酒を振舞ったのです。

父・斉昭が生前良く言っていたように「快なり!」と酒を掲げると、家臣たちも呼応して、祝杯を上げたのでした。

寝ていた栄一と喜作のもとにも慶喜からの酒が届き、2人はそれを味わいます。

この日をきっかけに参与たちによる会議は消滅し、京での政治主導権は幕府の手に取り戻されたのでした。

次回、第15回「篤大夫、薩摩潜入」

栄一と喜作は、武士として初俸禄(ほうろく)をもらい、円四郎から「篤太夫(とくだゆう)」「成一郎(せいいちろう)」という新しい名も授かる。篤太夫の初仕事は、摂海防禦(せっかいぼうぎょ)の要職に就く薩摩藩士・折田要蔵の隠密調査だった。そこで出会った西郷吉之助から、“先の時代が読める優秀な人材ほど非業の最期を遂げる”と聞かされた篤太夫は、円四郎の行く末を心配する。一方、水戸藩では、藤田東湖の息子・藤田小四郎が攘夷実現のため天狗党を率いて挙兵していた。

大河ドラマ「青天を衝け」公式サイトより

とうとう栄一たちは一橋の家臣となりました。

栄一は円四郎から新しい名を貰い、隠密調査のため薩摩へと向かうことになりました。

西郷隆盛と出会った篤大夫は、西郷を引き抜くために奔走します。

薩摩が国を治める役目ではダメなのかという西郷に、篤大夫は薩摩の今の殿様はその徳があるのかと問い詰めます。

栄一の活躍も気になるところですが、血洗島で2人を村に入れるなという言葉が聞かれましたね。

2人って誰のことでしょうか。栄一たち?それとも長七郎でしょうか。

囚われたままの長七郎はどうなってしまうのか、日の本に2つの政府ができてしまうという事態を慶喜は、栄一たちはどう対処するのでしょうか。

来週も見所がいっぱいですね。

最後に

今回の見所はやはり最後の慶喜の覚醒でしょうか。

これまで強い口調で話すことが少なかった草彅剛さん演じる慶喜。

島津に対して、中川宮に対して強気に攻める慶喜はかっこよかったです。

天下の大愚物、と言い放つところはスッキリしましたね。

その後の「快なり!」という会心の笑みも素晴らしかったです。

ようやく吹っ切れた慶喜に胸がすく思いがしました。

それから、やはりかっこいいのは堤真一さん演じる平岡円四郎ですね。

思い込みの激しい栄一たちを諭し、失礼千万な栄一たちを見守り味方になっていました。

その懐の深さに脱帽です。

円四郎の側に控えていた川村恵十郎役の波岡一喜さんの演技も素敵でした。

町で見かけた栄一たちを気に入り、円四郎のもとへと連れて行ったお方ですね。

厳しい態度を見せながら、2人を気遣う様子が素晴らしかったです。

酒を届けた時のニヤリとした笑顔が素晴らしかったです。

強情な栄一たちも良かったですね。

若さに溢れ、荒々しさいっぱいで志しだけで進んでいるような若者の姿が良く表現されていました。

思わぬことを言われた栄一たちの戸惑い表情、演技が素晴らしかったですね。

若者らしい傍若無人さ、厚顔無恥な態度がよく表現されていました。

いつか思い返した時、恥ずかしーって赤面する黒歴史ってやつですね。

そんな不躾だった栄一たちが、一橋家で揉まれてどのように成長するのか、これからがとても楽しみになりました。

若者の成長を見守るのは楽しいです。

さて次回、第15回「篤大夫、薩摩潜入」では新しい名を貰った栄一たちが新たな仕事に向かいます。

もともと口が達者で優秀な若者たちですから、2人の活躍がどんな結果をもたらすのか、来週も楽しみです。


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