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青天を衝け 第29回「栄一、改正する」のあらすじと感想とネタバレ

2021年大河ドラマ「青天を衝け」は、NHK総合にて毎週日曜夜8時から、BSP、BS4Kにて毎週日曜午後6時から、毎週土曜日午後1時5分から再放送が放送中です。

目次

前回のあらすじ

渋沢篤太夫(栄一)(吉沢亮さん)が静岡で商いに励んでいることは、新政府役人の耳にも入っていました。

明治2年夏、版籍奉還が行われ、徳川慶喜(草彅剛さん)は謹慎を解かれ、1年半振りに自由の身になりました。

ある日のこと、篤太夫は静岡藩の大久保一翁(木場勝己さん)に呼ばれ、新政府から召喚状が届いていると知らされました。

篤太夫に新政府への出仕を命じる召喚状に、篤太夫は不快感を顕にし、藩から断って欲しいと言うのですが、慶喜が、新政府からの召喚には従うべき、と言っていたと伝えられたのです。

藩から断りをいれると、藩に迷惑がかかるかも知れないと危惧した篤太夫は、直接断ろうと仲間に背中を押されながら東京へ向かうことを決めました。

その頃、慶喜の正室・美香君(川栄李奈さん)は、謹慎の解けた慶喜と共に暮らすため静岡に向かっていました。

東京への途中、箱根で休憩していた篤太夫は、静岡へ向かう美香君一向と出くわし、一橋家家臣・猪飼勝三郎(遠山俊也さん)と懐かしい再会を果たしたのです。

東京に到着すると、大蔵省の伊藤博文(山崎育三郎さん)に出迎えられました。

好意的に篤太夫を迎える伊藤に対し篤太夫は、自分は新政府に相応しくないと、横浜焼き討ち計画を企てたとアピールするのですが、伊藤は自分も焼き討ちをしたと、一向に気にしません。

さらに、大隈重信(大倉孝二さん)に面会し、直接断ろうと意気込む篤太夫は、会ってすぐに熱弁を振るい、貰った役職を辞任しようとしました。

しかし、大隈重信も負けじと大声を上げ、崩れてしまった国の立て直しは誰かがやらなければならない、新しい世を作りたいと思ったことはないのか、と篤太夫の心を揺さぶります。

篤太夫は幼い頃から、新しい世を作るのだと強く思ってきたのです。

大隈重信の説得は、篤太夫の心に響き、いつの間にか胸が高鳴っていたのです。

静岡に戻った篤太夫は、妻の千代(橋本愛さん)に、言い負かされたと悔しげに語りました。

思うように進まない人生に、篤太夫は愚痴を零すのですが、千代はそんな篤太夫を優しく慰めたのです。

喜作(高良健吾さん)は、東京の牢に投獄されていました。

いつ死罪にされてもおかしくない状況で、喜作自身も死を覚悟していると伝えた篤太夫。

自分が日本にいたら、喜作と同じ目にあっていたかもしれない、喜作はもうひとりの自分だ、と言うのでした。

そして、篤太夫は新政府の事を慶喜に報告しました。

自分の見立てでは新政府内部は混乱していて長くはもたない、新政府が倒れるまで、静岡で力を溜めるべき、と主張する篤太夫。

慶喜は、そんな篤大夫に、とやかく言わずに東京へ行け、と言います。

それでも不満をぶつける篤大夫に、本当は行きたいと思っているのだろう?日本のため、その腕を振るいたいと。ならば私のことは忘れろ、これが最後の命だ、渋沢、この先は日本のために尽くせ、と命じたのでした。

篤太夫は涙ぐみながら平伏し、その命を受けました。

そして、士分になった際に、平岡円四郎に貰った「篤太夫」の名を返し、元の「栄一」の名に戻りたいと願ったのです。

慶喜は、「渋沢栄一、大儀であった、息災を祈る」と新政府へと送り出したのでした。

その夜、栄一は杉浦愛蔵(志尊淳さん)に新政府へ行くことを報告し、謝罪しました。

栄一は、徳川を潰した新政府に、徳川なしではできなかっただろう、徳川があってよかったと思い知らせたい、と決意を告げたのです。

杉浦は、栄一の思いを理解し、どこにいても友だ、と栄一の背中を押しました。

こうして、新政府に出仕することになった栄一ですが、初日、大隈を含む新政府上層部が集まるところに乗り込み、新政府のやり方について痛烈な批判をぶち撒けてしまったのです。

そこに、迎えに来た伊藤が合流し、ここは大蔵省ではない、と告げると、栄一は真っ青になって土下座し、大隈と伊藤に連れられて退出したのでした。

前回、第28回「篤太夫と八百万の神」を見逃した方は、ぜひこちらをどうぞ。

それでは、第29回「栄一、改正する」のあらすじと感想です。

徳川家康(北大路欣也さん)の話

明治2年の末になっても、新政府のゴタゴタは続いていました。

西郷隆盛など、維新の主役たちがその処遇に不満を漏らし、内輪揉めをしていたのです。

新政府はその対応に追われ、外交はもちろん制度の改正もできず、お金もない。

諸外国からも不平不満の声が聞こえていました。

新政府どころか日本そのものが危機でした。

そんな中、新政府に救いの手を差し伸べたのは、皮肉にも新政府が倒した徳川の幕臣たちだったのです。

改正掛

大隈と伊藤に連れられ大蔵省に着いた栄一は、早速、改正掛についての説明を開始します。

「今、既にある部署とは別に民部省や大蔵省、外務省などの垣根を越え、この掛で広く日本に必要な物事を考え、決定事項を即実行できるようにしたいのです」

しかし、それには人材が足りません。

大隈がそれを危惧すると、栄一は自分を含め、各省から兼務する、と言います。

また、静岡藩からさらに人材を召抱えたい、と言うのです。

急ぎ必要なのは外交や経済や技術の新しい知識がある者が必要だが今の政府にはいない、と栄一は断言。

しかし幕臣には異国帰りの知識を持つ者が100人もいるというのです。

その言葉に佐賀藩だって洋学が盛んだと反発する大隈。

しかし、伊藤が栄一に賛同し助け舟を出しました。

「もう長州やら薩摩やらの括りはどうでもええ。藩も藩主も無用と思っている。あんなのがあるから余計に手間も金を掛かる。年寄り連中のうだうだした話し合いも馬鹿らしい。一個も新しくない」

大隈も、「確かに。公家や大名はだいぶ削られたとは言え、あんなに気長では何年たってもなんにも変わらん」と同意します。

栄一も「出自に関わらず、人身一致し、新しい日本を打ち立てなければなりません」と同意します。

上に睨まれるのは自分だ、と大隈は不満そうですが、それでも2人の意見を取り入れて太政官に提案したのです。

そうして明治2年11月、改正掛が設置されました。

栄一は民部大蔵省に在籍しながら改正掛のまとめ役となりました。

幕臣である栄一がまとめ役を任されたことに不満を持つ者もいました。

改正掛には、静岡藩から前島密、杉浦譲、赤松則良なども呼ばれ参加することになりました。

栄一は掛の一同を集め、「ここにいる全員が天子様に仕える者として、上下の別なく闊達に意見を交わしたいと思っております」と宣言すると、この国に急ぎ必要なものは何か、と皆に問いかけました。

すると、集まった人々から次々と発言が飛び出してきました。

まず租税、貨幣の統一、丈量、度量衡の統一、駅逓、戸籍、殖産興業、飛脚、電信、議会の整備。

会議には意見が溢れ、飛び交い、大隈は喧々囂々とした様子にうんざりした顔を見せるのですが、栄一は活発な意見交換に喜び、もっと意見を出せ、と煽ったのでした。

会議終了後、玉乃世履(高木渉さん)は、大隈のもとを訪れ、旧幕臣である栄一の下で働く事に不満をぶつけました。

そこに栄一が現れ、栄一に不満を持つ者たちを気に止めることもなく、大隈に報告を始めたのです。

「失礼仕ります。早速ですが、各藩で発行している藩札の調査を行います。租税も統一通貨もまずはそれからです。その上で度量衡を調べ、全国測量の支度にかかります」

大隈が諸藩の測量について質問すると、「天保の頃、公儀が作った国の絵図を配り、各藩に急ぎ地図の改正を命じます。また、同時に租税の勘定帳のつけ方も改正を明治、統一を図らねばならない」と答えたのです。

「鉄道についても、東京-横浜間の測量は春に実行します。今のように各省庁バラバラではなく、一ところで働く建物も入用だ。大隈様より一刻も早く太政官に進言をお願いしたい」

言いたいことを言うと、栄一はそのまま踵を返しました。

栄一に不満を持っていた者たちは呆気にとられ、その背中を見送っていました。

やることがありすぎて、時が足りない、と言う栄一の顔にはやる気が漲っていました。

引越し

11月、東京に千代とうたが引っ越してきました。

そこは、栄一が譲り受けた元旗本屋敷で、広々とした立派な邸でした。

長旅で疲れたうたは、女中に「お水」と頼んだのです。

それを見ていた千代は、うたはお姫様でもなんでもない、驕り高ぶってはいけない、と窘めました。

自分たちはお役目で疲れた父様を支えるのが役目。驕り高ぶった態度で父様に恥をかかせてはならない。

千代の話をおとなしく聞いていたうたは、千代の言葉に深く頷いたのでした。

栄一、改正掛に励む

改正掛として、栄一は皆の提案を次々と立案、実行していきます。

夜は、大隈邸に集まり、意見を交わしあっていました。

その夜、大隈は外国から日本の生糸の質が悪いと、不満が出ている、と話し始めました。

しかし大隈も集まった人々も誰1人生糸の作り方を知りません。

とんちんかんなことを言う大隈たちに栄一は蚕の育て方から生糸の成り立ちまで丁寧に説明しました。

製造工程に驚く一同。

大隈は、それならば養蚕については栄一に任せる、と一任したのです。

翌日、新しく作る養蚕工場について栄一たちが思案していると、そこに大久保利通(石丸幹二さん)が飛び込んできました。

自分がいない間に、太政官によく話し合いもせずに勝手なことをするな、と大隈を叱責します。

しかも主導しているのは旧幕臣ではないか、と憤慨します。

大隈は反省していると頭を下げ「それでも1日でも早く欧米に近づこうと政策の改正を…、」と言いかけるのですが、大久保は遮り、それが出過ぎたこと、と叱責したのです。

それを聞いていた栄一は、怯むことなく真っ向から反論します。

「政府に金がないのは周知の事実。天子様の御世になってから2年が過ぎましたが、税収も安定せず、頼みの太政官札も信用が薄い。3年で瓦解した建武の中興の二の舞にならぬためには新政府の懐を守ることが肝要。我らはそのために粉骨砕身しておるのでございます」

大久保は栄一の言葉には答えず「これ以上出過ぎた真似はするな」と叱責し立ち去りました。

春になり、栄一と千代に第2子が生まれ、血洗島から市郎右衛門(小林薫さん)とゑい(和久井映見さん)が上京してきました。

孫の姿を愛でつつ、立派な邸に目を見張ります。

市郎右衛門は、天子様に仕える身分となった栄一のことを、気軽に名で呼んではいけない、と言い始めたのです。

お茶を入れようとする千代から急須を取り上げ、「奥様」と呼びかけお茶なら自分で入れる、と言い始める父。

千代がどんなに抵抗しても、市郎右衛門の言葉遣いは治りません。

夜、栄一が戻ってきても市郎右衛門の言葉遣いは治りません。

丁寧な口調で、尾高の人びとが村に戻ってきたことや、惇忠が養蚕についての勉強を深めていること、新しく始めようとしていることなどを伝えます。

父の言葉遣いに違和感を覚えながら、相槌を打つ栄一。

父の言い様に戸惑い、母も父を咎めるのですが、考えに考えて決めたことだと父は譲りません。

しかし、栄一に「強情」と言われた市郎右衛門は、咄嗟に「お前に強情などと言われてたまるか!」と叫び、ハッとしたように言葉遣いを改めようとするのです。

思わず笑い出す家族一同でした。

そして夜、父と母は栄一たちに泊まっていけと促されながらもそれを断り、村へ帰ったのです。

ゑいから、泊めてもらえば良かったのに、と言われた市郎右衛門は、自分は百姓だから、分不相応な物は一切身につけたくない、と答えます。

そして、綺麗な月を見上げ、気持ちのいい夜じゃねえか、と村への道を急いだのでした。

翌日、栄一が蚕卵紙についての書類を同僚に頼むのですが、養蚕紙が何かわからないと言われてしまいます。

養蚕について、詳しい人材が必要だと感じる栄一。

そんな時、前島が帳簿を掲げてやってきました。

政府が飛脚問屋に支払っている通信用の金額は月1500両という莫大な額だと言うのです。

しかし、前島が提案する飛脚便制度ならば、これよりずっと安くできると断言。

「月1500両を費やせば、東京から京都、さらに大阪までの区間に毎日一定の時刻、各一便の政府の飛脚便を仕立てることができる。また、同時に一般の通信も取り扱うことにすれば、送達料を取ることができるゆえ、その1500両はそのまま他の線路を拡張する基金に回すことが出来る。上手くいけば直に日本中に配達の道を広げられる」

栄一はその提案を聞き「政府は出す金を抑えようとするが、元来、飛脚に支払わねばならねえ費用をそのまま使うんだから文句は無いはずだ、素晴らしい!」と絶賛します。

栄一は前島にすぐに建議書を作るよう言います。

大隈はその建議書を岩倉に渡し説明するのですが、「政府たるものが、飛脚屋の商いを横取りするとは」と難色を示します。

しかし、大隈は「政府としてやらなければならない」と説得。

そうして、新たに飛脚事業は郵便と名を変え、改革が始まったのです。

その数日後、前島は鉄道借款の処理を命じられ、イギリスに旅立つことになってしまい、郵便事業は、杉浦へと引き継がれたのでした。

栄一が杉浦と郵便事業について打ち合わせをしていると、そこに伊藤が飛び込んできました。

大隈重信が民部省から追い出されたというのです。

大隈は大久保利通に睨まれていました。

大隈という後ろ盾を失った改正掛では、いつまで自由に動けるかわからない、と伊藤は言います。

「国を纏めなければならない時にいたずらに争って威信を無くすとは、何が八百万の神だ」と栄一は憤慨します。

惇忠を勧誘

栄一が落ち込みながら家に戻ると、横浜の商いの後に立ち寄った惇忠が来ていました。

新しく生まれた赤ん坊を見に来た惇忠は、栄一が新政府に仕えていることをよく思っておらず、泊まっていけ、という誘いを、すぐ村に戻らなければならない、と断ります。

立ち去ろうとする惇忠を呼び止め、栄一は惇忠を新政府へと誘いました。

しかし、惇忠は「平九郎は新政府に殺されたんだ。首を斬られ晒され、未だ亡骸も見つからない。その政府に手を貸すなど、平九郎にどう顔向けしろと言うんだ。お前が良くても俺はできない」と栄一の言葉を拒否します。

栄一は、「俺たちだって異人を焼き殺そうとしたじゃないか。戦は1人1人は決して悪くない人間だ。敵だと思い込めば簡単に憎み、無残に殺してやりてえという気持ちが生まれてしまう。もう侍の世はごめんだ。壊すんじゃない、作るんだ。平九郎に顔向けできなくても出来ることをする。己の手で国を救えるなら何だってやる」と栄一は惇忠に背を向けたのでした。

翌日、栄一は伊藤から貨幣について、いかにしてバンクを作るのかいかにして利を得るのか今のままではよくわからない。だから伊藤にメリケンへの出張が必要だと建議書を書いてくれ、と頼まれていました。

すると、新しく大蔵少輔となった井上馨(福士誠治さん)が伊藤に声をかけたのです。

井上は、栄一のことは大隈からよく聞いていると話し、これからは自分がお前の上役だ、と言ったのでした。

郵便開始

そして年が明け明治4年。

ついに郵便が開始されました。

街角に設置された郵便箱に栄一と杉浦は手紙を投函しました。

計画通りならば投函して3日後に返事が届くはずです。

3日後、栄一と杉浦たちは、郵便の到着を今か今かと待ちわびていました。

そして、郵便は杉浦の元に無事に届きました。

切手も剥がれてない、ちゃんと判も押してある、1つ1つ確認した杉浦は受けとった手紙を高く掲げ、「届いたぞー!」と叫んだのです。

改正掛は沸き立ちました。

惇忠の決意

血洗島の惇忠は、栄一の言葉を考えていました。

新政府軍に殺された平九郎の最後、俺たちは何のために生まれてきたのだろう、と疑問を投げかけた長七郎、そして、泣きながら恥を抱えて生きる、と宣言した栄一。

彼らの姿を思い起こした惇忠は、妻を呼び、自分の決意を告げました。

ある日、玉乃が栄一の前にやってきました。

そして、「認めたくなかったが認めざるを得ない。貴公は仕事の速さにしろ、気概にしろ、実に得がたい徳川秘蔵の臣だ。今まで無礼もあったかもしれないが、実にあいすまぬと謝りに来た。これからは力を合わせたい」と頭を下げたのです。

「それはわざわざ、ありがとうございます」と栄一が答えると、「百姓上がりと見くびっていたが、貴公の親族である尾高殿も才もあり学もあり登用するに相応しい御方だ」と続けたのです。

驚いて栄一が振り返ると、惇忠が栄一の呼びかけに答え新政府に仕える為にやってきていました。

そうして、栄一は養蚕工場設立のため、フランス人技術者のブリュナを惇忠に引き合わせました。

親しげに握手を求めるブリュナの手を戸惑いながらも覚悟を決めたように勢いよく握る惇忠。

ようやく始まりを見せた養蚕事業に安堵する栄一でした。

栄一は、慶喜に宛てて手紙を送りました。

自分は新政府で頑張っている、と書かれてあり、それを慶喜は微笑みながら読んだのでした。

粉骨砕身している栄一たちを尻目に、大久保利通は改正掛を潰そうと岩倉具視に提案していました。

「国家の大事をほんのひと握りの若手が勝手に立案し、勝手に進めている、これで良いはずがありません」

しかし、岩倉はそれよりも西郷はまだ出てこないのかと憤慨します。

岩倉は、長州や薩摩も同じだが、武士というのがこれほどまでに纏まらないとは呆れたことだ、と嘆きます。

それを思えば徳川はあんなに長い間、よくやっていたものだ、と感心しました。

大久保は、我らも必ずや纏まってみせます、と宣言するのですが、岩倉は、今度は自分も参りましょう、と宣言します。

これ以上纏まらなかったら、お上の世はまた潰れてしまう、と危惧したのです。

次回、第30回「渋沢栄一の父」

大阪の造幣局に出張した栄一は、五代友厚と出会う。栄一は、これまでの恨み言をぶつけるが、カンパニーを立ち上げて日本の商業を魂から作り変えたいという五代の話に共感する。一方、新政府の首脳会議では、突然、西郷隆盛が“まだ戦がたらん”と声を上げる。井上 馨は、“廃藩置県を断行せよ”との意思表示と理解し、栄一たちに極秘の任務を託す。残された時間はわずか4日…。そして、冬のある日、帰宅した栄一のもとに、父・市郎右衛門の危篤の知らせが届く…。

大河ドラマ「青天を衝け」公式サイトより

順調に改革を進めていた栄一。しかし薩摩の西郷が不穏な動きを始めました。

忙しく働く栄一のもとに、父の危篤が知らされます。

学問や、商いを教えてくれ、家を出た栄一を認め支え続けてくれた父との別れが近づいてきています。

西郷が起こす戦の行方も気になりますが、敬愛する父との別れにも胸を打たれてしまいますね。

最後に

今回は、栄一たち幕臣が新政府でバリバリ改革を進めていく姿に爽快感を覚える回でした。

初めは栄一たち幕臣をよく思わなかった新政府の役人たちも、栄一たちの頑張りを認め謝罪していましたね。

生き生きと改革を進める改正掛の頑張りに胸が熱くなりました。

郵便開始は見ているこちらもハラハラしてしまいました。

最後まで関われなかった前島密さんは残念でしたが、事業の成功は本当に素晴らしかった!

見ていて心が沸き立ちました。

今回は、久しぶりに市郎右衛門とゑいの夫婦も登場しました。

出世した息子を殿、と呼び、嫁を奥様、と呼び始める市郎右衛門。

苦笑いしながら見ているゑいの姿が微笑ましかったですね。

結局、栄一を怒鳴りつけてしまった市郎右衛門のバツの悪そうな顔と言ったら。

栄一たちの笑いにつられるように、見ているこちらも笑ってしまいました。

分不相応な物は一切身につけたくない、と夜に帰る父と母。

市郎右衛門の信条、心意気が感じられるシーンでした。

そして、とうとう惇忠が新政府に参加することになりました。

誰よりも知識、高い志を持ち、皆を導く才もありながら、機会に恵まれず、埋もれていた惇忠ですが、栄一の呼びかけにようやく応えてくれました。

嬉しいですね!

養蚕のスペシャリストとして富岡製糸場の建設に携わっていくのです。

これで存分に惇忠の才が活かされるのですね。

楽しみでたまりません。

始まったばかりの郵便を使って、慶喜に手紙を出した栄一。

栄一の頑張りは慶喜の喜びになったことでしょう。

慶喜の表情から、そんな優しい気持ちが伝わってきました。

さて次回、第30回「渋沢栄一の父」では、父が危篤に陥り栄一は衝撃を受けます。

さらに、西郷が不穏な動きを見せ始め、皆に動揺が広がります。

互いに名を名乗って初めてとなる五代との対面。

新しい事業のために行く大阪で出会う女性。

なんでしょう、次回はかなり大変な事件が起こりそうな感じですね。

ドキドキしながら、次回を楽しみに待ちたいと思います。


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