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鎌倉殿の13人 第15回「足固めの儀式」のあらすじと感想

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61作目となる2022年大河ドラマ、「鎌倉殿の13人」。

脚本は、三谷幸喜さん。

主役の北条義時を務めるのは、小栗旬さんです。

毎週日曜(総合)午後8時、(BSプレミアム、BS4K)午後6時、毎週土曜日午後1時5分から再放送が放送中です。

目次

前回のあらすじ

人質として木曽から木曽義仲(青木崇高さん)の嫡男・義高(市川染五郎さん)が鎌倉にやってきました。

源頼朝(大泉洋さん)と政子(大泉洋さん)の娘・大姫の許嫁とされた義高は、政子や大姫に気に入られ、御家人の中にも溶け込んでいます。

寿永2年(1185年)5月、木曽義仲は倶利伽羅峠で平家を撃退。

勢いに乗った義仲勢はそのまま京に攻め上り、その勢いを恐れた平家は安徳天皇と三種の神器と共に京から西国へと逃れました。

後白河法皇(西田敏行さん)は、平家を京から追い出した義仲に報奨を与え、平家追討と三種の神器奪還の命を出したのです。

しかし、京に留まっていた義仲の軍勢は、京の町で乱暴狼藉を働くようになり、義仲はその取締に苦労していました。

そんな中、なかなか平家追討に動き出さない義仲に業を煮やした後白河法皇は、渋る義仲を説き伏せ、無理やり出兵させました。

後白河法皇は、連れ去られた安徳天皇を諦め、他の孫を即位させていたため、一刻も早く三種の神器を取り戻す必要があったのです。

平家追討のためには、頼朝の力が必要と考えていた義仲は、頼朝の上洛を待っていたのですが、法皇に押し切られ、兵力不足のまま備中に出陣することになりました。

義仲が京を出た隙に、鎌倉の頼朝は京の法皇に莫大な引き出物を贈りました。

気をよくした法皇は頼朝の流罪を解き、従五位下に復位させ、東海道・東山道の軍事支配権を頼朝に与えたのです。

備中でその知らせを受けた義仲は、法皇に抗議するため京へ戻りました。

東山道の支配を頼朝が持つということは、義仲の所領が頼朝の支配地になるということです。

しかし、院御所に強引に押し入った義仲の行動は謀反と取られ、法皇は頼朝に助けを求める書状を出しました。

すぐにでも兵を出そうとする頼朝ですが、奥州の藤原秀衡の動きが読めないばかりか、御家人は源氏同士の争いに加担することを拒否しています。

頼朝は、九郎義経(菅田将暉さん)を先発隊の大将に任じ、義仲を倒せと命じました。

許嫁である義高を慕う大姫の姿を見ている政子は、義仲と争うことに反対し、義高の助命を頼朝に嘆願します。

その頃、源氏同士で闘おうとする頼朝に反発する御家人たちが集まり、反乱を企てようとしていました。

このままでは鎌倉がばらばらに、なってしまうと危惧した北条義時(小栗旬さん)は、鎌倉を離れている父・時政(坂東彌十郎さん)に相談しました。

閏10月8日、義経の先発隊が出陣しました。

義時は、頼朝の側近・大江広元と謀り、梶原景時(中村獅童さん)を反対派の陣営に送り込みました。

景時は反対派に足りないものは、彼らを束ねる統率力のある人物、と判断し上総広常(佐藤浩市さん)が加わったら、鎌倉が危ないと危惧します。

義時は上総に頼み、反対派が勧誘してきたら誘いに乗って欲しいと頼みます。

そして、上総は反対派に加わったのでした。

前回、第14回「都の義仲」を見逃した方はぜひこちらをどうぞ。

それでは第15回「足固めの儀式」のあらすじと感想です。

義仲の動き

寿永2年(1183年)、鎌倉を離れ戦に向かった九郎義経は、久々の戦の匂いに興奮していました。

目指す義仲軍はまだ先ですが、近江まで進軍してきました。

義経が向かってきていると知った義仲は、京の院御所に兵を差し向けました。

後白河法皇を捕らえれば下手に手が出せないと考えたからです。

義仲は、院御所に火を放ち、法皇を捕らえました。

源氏同士の戦が始まろうとしていました。

八重と正式な夫婦となった義時は、しばらくの間戻れないので、身重の八重を実家の北条に託しました。

時政は喜び、北条の後継が生まれることを待ち望むと、請け負ったのでした。

御家人たちの反乱

義仲討伐のため、すぐにでも出兵したい頼朝。

しかし、御家人たちがこれに反発します。

着々と進む頼朝追放計画。

頼朝を廃する企みを持つ反乱勢力が三浦邸に集まっていました。

千葉は頼朝を討とうとしますが、上総が主を殺したやつに人はついてこない、と反対します。

この坂東を源氏から取り戻す、大事なのはそこだと諭したのです。

三浦は、頼朝の嫡男・万寿を攫い、引き換えに頼朝を鎌倉から追い出すのはどうかと提案します。

どうやって奪うか、と考えていたところ、文覚(市川猿之助さん)が万寿の500日目の儀式「足固めの儀式」の後に奪うことを提案しました。

よくそんな都合のいい儀式があるものだと感心した三浦に、それは自分が作った嘘の儀式だと文覚はほくそ笑みます。

それを聞いていた梶原景時は、自邸に戻ると宴席を抜け出そうとしました。

しかしそれを和田義盛(横田栄司さん)が見咎め、間諜を疑われた景時は牢に捕らえられてしまいました。

500日目の儀式の前に、三浦たちは木曽義高に自分たちの上に立って欲しいと頼み込みます。

源氏同士で争おうとする頼朝ではなく、義仲の嫡男である義高ならばと考えたのです。

しかし義高は考えさせて欲しいと、頷きませんでした。

儀式の前、義時は側近を集めました。

儀式当日、三浦たちが集まり、鹿狩りを計画しているのというのです。

儀式と同日というのが気になる、御家人たちは鹿狩りのために武器を携えることができるのです。

大江広元も都には500日足固めの儀式など聞いたことがないと、疑います。

様子を探るため、比企能員(佐藤二朗さん)が三浦邸を訪れました。

比企が「どちらの方に行かれますか?」と問いかけると、途端に不穏な空気になりました。

事の次第を察した比企が立ち去ろうとするのですが、首に刀を突きつけられ身動きが取れません。

仲間になれば殺しはしないと言われた比企は、自分も頼朝のやり方には不満があると呟き、仲間になると誓いました。

比企は御所に戻り、謀反などないとごまかす役目を担いました。

頼朝が素直に応じれば戦にはならないが、念のため、衣の下に鎧でも来ていろという岡崎が助言します。

比企が御所に戻る際、上総から義時に伝言を頼まれました。

「鹿狩りは上総介が仕切るから案ずるな」

儀式が行われる八幡宮に行った義時は、文覚の言う儀式が怪しいと探っていました。

反対派の1人である土肥実平(阿南健治さん)が鹿狩りをやめたと聞いた義時は、土肥に詰め寄り、謀反があるかないか問いただしたのです。

土肥の仕草から謀反を確信した義時。

反乱軍は準備を整え、その時を待っていました。

捕らえられた景時は、見張っていた畠山重忠(中川大志さん)に、この企ては必ず行き詰まるから、畠山だけでも抜けるようにと助言します。

しかし、畠山も頼朝の政に不満を持っていたのです。

謀反の確信を得た義時は頼朝に報告します。

頼朝は激高し、安達盛長(野添義弘さん)に命じ、範頼を八幡宮に向かわせ、他の者は御所の警護に当たらせます。

力と力であたっては鎌倉が火の海になると義時は進言しまずは話し合いを、と言い募ります。

上総は自分が頼んで反乱軍に入ってもらっているだけだと打ち明けます。

御家人たちは、自分と上総が責任を持って説き伏せると頼み込み、今兵を引くなら不問に処すとの約束を取り付けました。

上総は反乱軍を上手く誘導し、八幡宮に乗り込むのは少数精鋭と全軍投入を止めます。

三浦は頼朝の弟・全成を捕らえるため乗り込みますが、間一髪全成は床下に逃れ難を逃れました。

八幡宮に攻め込んだ和田義盛と畠山重忠は、儀式の終わった万寿と政子を捕らえようとしますが、範頼の反撃に合います。

さらに、義高も万寿を守ろうと刀を取りました。

そこに、義時が乱入。

和田や畠山に手をかざして説得を始めました。

石橋山の戦いに破れ、和田が言った言葉で頼朝が奮起したこと、我らは源氏のために働いているのではない、これからは坂東の意地にかけて平家を倒すのだと、と言った言葉。

御家人たちが力を合わせ平家を倒そうという志は同じ、そのためには誰かが上に立つ必要がある、だから鎌倉殿がいるのではないか。

畠山はそれに反論します。

平家と戦うことを嫌がっているのではない、木曽と戦う気がないと言っている。

義時は、

木曽は後白河法皇を人質として捕らえ都を手中に収めている、まずはその行いを正さなければならない、と反論します。

畠山がさらに言い募ろうとすると、和田が「納得した」と刀を収め、万寿に詫び始めたのです。

義時はすぐに畠山のところに駆け寄り、助かった、と声をかけます。

畠山の言うことには何でも反発する和田を説得するために、畠山はわざと義時に逆らったのでした。

それを理解している義時は畠山に感謝を示したのです。

その後、義時は三浦邸に向かいました。

謀反が失敗したと告げた義時。

初めに言い出した千葉常胤(岡本信人さん)は、失敗の責任を取り自害しようとするのですが、義時たちに止められ思いとどまります。

義時は、「兵を退けば全てを許すと仰せられました」と説得。

上総の「そうと決まれったら解散だ」という言葉で、謀反は終わりを告げました。

謀反の結末

その夜、頼朝は上総を労いました。

上総は頼朝に、お前は自分勝手だけれど、それでいい。御家人たちは使い捨ての駒。お前は己の道を行け、法皇様だって目じゃねえよ、と励ましたのです。

御家人たちが騒ぎ出したら自分が何とかする、と請け負った上総。

頼朝は、これからも頼むと頭を下げたのでした。

その頃、政子は三浦義澄と岡崎義実と対面していました。

政子は2人に頭を下げ、2人がそこまで思いつめているとは知らなかったと詫びました。

石橋山で息子を亡くした岡崎は、息子のために頼朝の側で働きたいが、頼朝は自分たちのことを見てくれない、と嘆きます。

政子は2人に同調し、今の鎌倉があるのは御家人たちの働きのおかげ。御家人たちの奉公を忘れず、これからは頼朝に言えないことは自分に言って欲しい、できることは何でもする、と約束したのです。

比企は頼朝に謀反に関わった者たちの名簿を渡しました。

名だたる御家人が殆ど加担していたことがわかります。

義時は、今後平家から奪った土地を御家人に分配すると言えば、御家人たちは喜んで働く、と提案します。

頼朝は義時の提案通り、皆に分配すると約束しました。

ここで大江が不穏なことを言い出しました。

一切のお咎めなしでは示しが付かない。この際誰か一人に見せしめとして罪を負わせるというのは如何か。

大江は、見せしめとして上総広常を指名しました。

義時は驚き、反論します。

上総は義時に頼まれ頼朝のために働いたのです。

それは、大江が言い出し、頼朝も承知のことです。

義時は、大江が初めからそのつもりだったと気づきました。

大江は、もっとも頼りになるものは一番危険だ、と言うのです。

さらに、敢えて謀反に加担させ、責めを負わすと初めに画策したのは頼朝だったと聞いた義時は激しく反発しました。

頼朝に詰め寄った義時に、頼朝は、ならば誰を殺せばいいのか選べ、と名簿を突きつけたのです。

何も言えない義時をおいて、頼朝は立ち上がりました。

それでも追いすがろうとする義時を安達が止めました。

「上総介は言った、御家人は使い捨ての駒だと。奴も本望だろう」

誅殺

義時は、三浦を訪れ義村に話しました。

そして、上総の邸に行って逃げてもらうのだ、と立ち上がりました。

義村はそんな義時を止めました。

お前は上総の邸に行く自分を止めて欲しかったのだと突きつけたのです。

上総を助けに行かずに済む口実が欲しくて自分を訪ねたのだと、義時が気づきたくなかった本心を言い当てました。

牢から出された梶原景時に、頼朝は大江が疑っていると告げます。

そして、上総成敗の役目を負わせたのです。

12月22日、景時は息子・景季に双六の道具を持ってこさせました。

上総を斬るとなると流石の景時も躊躇ってしまいます。

そのため、上総の運命を賽子に託すと決めたのです。

頼朝に呼ばれ集まってきた御家人たち。

景時は上総に近寄ると双六をやろうと持ちかけました。

そうして上総の出目が悪く、勝負は景時の勝ち。

景季が隠していた刀を受け取った景時は、上総の隙を突いて斬りかかりました。

応戦しようとした上総は、自分の刀がないことに気づき呆然とします。

部屋に入る直前、ぶつかりそうになった善児(梶原善さん)に刀を抜き取られていたのです。

景時は、「上総広常は鎌倉殿に楯突いた大悪人なり。御所に攻め入り鎌倉殿を亡き者にせんと企んだ。その咎めによってここに成敗致す」

和田が景時を止めようと動き出しますが、義村がそれを引き止めます。

上総は動かない義時を見つめ「小四郎!」と叫びます。

しかし義時は動けず、上総はさらに「武衛!」と頼朝に助けを求めます。

そこに頼朝が現れ、上総を冷酷に見下ろしました。

たまらず駆け寄ろうとする義時に頼朝は「小四郎!来ればお前も斬る!」と恫喝したのです。

その言葉に義時は足を止めました。

上総は景時に止めを刺され、絶命。

呆然とする御家人たちの前に立った頼朝は「謀反人上総介広常を成敗した。残党を討ち、その所領を一同に与えよう。西にはもっと多くの所領がある。己の力で我が物にせよ。今こそ天下創世の時、何人たりとも儂に逆らうことは許さん、肝に銘じよ!」

御家人たちは、皆一斉に頭を下げました。

義時は溢れる涙を止められませんでした。

その頃、北条では八重が産気づいていました。

その夜、安達が上総の屋敷の明け渡しが済んだことを報告しました。

上総の鎧の中から出てきたという手紙を頼朝に渡すと、頼朝は子供の字のようで読めない、と義時に渡します。

義時は、いつか京に行った時のために、上総が不得手な読み書きを練習していたことを明かしました。

そこには、これから3年間でやるべきことが書かれていました。

明神様のために田んぼを作る、社も作る、流鏑馬も行う、これらは全て鎌倉殿の大願成就のため、と書かれていたのです。

それを聞いた頼朝は顔を歪め、手紙をぐしゃぐしゃに丸め立ち上がりました。

「あれは謀反人じゃ…」と呟き、立ち去ったのでした。

北条に戻った義時は、出産の終わった八重の側についていました。

この日、義時の嫡男となる男児が生まれました。

後の北条泰時、寿永2年のことでした。

次回、第16回「伝説の幕開け」

御家人たちをまとめ上げた源頼朝(大泉洋)は、弟・範頼(迫田孝也)を総大将、梶原景時(中村獅童)を軍いくさ奉行とした本軍を派兵。八重(新垣結衣)に見送られた義時(小栗旬)も従軍し先発した義経(菅田将暉)と合流する。後白河法皇(西田敏行)を捕らえて京に籠もる木曽義仲(青木崇高)、福原を拠点に復権を伺う平宗盛(小泉孝太郎)に対し、鎌倉方は義経の天才的な軍略に導かれて奮戦。畠山重忠(中川大志)らが華々しく駆ける……

NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」公式サイトより

とうとう戦が始まりました。

天才的な戦の才を持つ義経が生き生きと戦っていますね、怖いほどに。

木曽を倒して勢いづいた義経は、平家追討にも邁進し、駆けつけた本軍とともに平家を打ち破っていきます。

生き生きと手段を選ばず勝利をもぎ取っていく義経の活躍が楽しみではありますが、菅田将暉さん演じる義経には、戦に対する激しい執着が見られ、非情に恐ろしくもあります。

義経の活躍が楽しみではありますが、後白河法皇との政治的やり取りで、どんどん深みに嵌ってしまう義経の最後を思うと、苦しくなります。

今回の上総成敗も重く悲しい回でしたが、次回は一体どうなってしまうのでしょうか。

最後に

苦しい回でした。

見ていて悲しくて苦しくて、どうにもならない感情に晒されてしまいました。

大泉洋さん演じる頼朝の冷酷さに震え、頼朝に逆らえず、それを受け入れるしかない小栗旬さん演じる義時の苦悩が伝わり、苦しくてたまらなくなりました。

上総介広常が討たれ、誰もが膝を付く中、義時だけが呆然と立ちすくむところが印象的でした。

それを目力で屈服させた頼朝の迫力。

屈服せざるを得ない義時の心情。

緊張感が漂う、見ごたえのある素晴らしいシーンでした。

義時たちと反乱勢力との駆け引きなど、一瞬も目が離せないシーンばかりで、テレビに釘付けになってしまいましたね。

唯一面白かったのは、佐藤二朗さん演じる比企能員の変わり身の早さでしょうか。

相変わらず不気味で軽やか、味のある演技で魅せてくれますね。

そしてやはり圧巻だったのは、佐藤浩市さん演じる上総介広常。

反乱勢力を見事に誘導し、攻め込む人数を最小限にとどめるよう提案したり、千葉や岡崎、和田らが暴走しそうになった時もきちんと止める。

義時が狙っていた通りの働きを見事に果たしていました。

にも関わらず、見せしめに殺されてしまった上総。

もう涙しかありません。

坂東最大勢力だから、一番頼りになるから、という理由で誅殺されてしまった上総介広常。

一番頼りになるならずっと頼りにしていれば、上総だって絶対力になってくれたはず。

私などはそう思うのですが、あの時代、裏切り、謀略など当たり前の時代だったから、誰のことも信じられなかったのでしょうかね。

義時を呼び、頼朝を呼んだ上総、景時に止めを刺され、最後の最後に見せた表情にグッときました。

上総広常の壮絶な最後に感動しました。

「足固めの儀式」とは上手く言ったものです。

万寿のための足固め?いいえ、頼朝のための足固めだったのでしょうね。

頼朝はこの後も御家人たちを疑い、次々と粛清していきます。

しかし、源氏の兄弟たちも同じように悲しい運命が待っているのです。

何のための戦なのか、こんなに犠牲を出す必要があったのかと、問いかけたくなってしまいますね。

さて、次回は義経が大活躍します。

とても生き生きと戦いに臨むのでしょう。

次回、第16回「伝説の幕開け」

義経の伝説がどのように描かれるのか、楽しみです。

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