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鎌倉殿の13人 第17回「助命と宿命」のあらすじと感想

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61作目となる2022年大河ドラマ、「鎌倉殿の13人」。

脚本は、三谷幸喜さん。

主役の北条義時を務めるのは、小栗旬さんです。

毎週日曜(総合)午後8時、(BSプレミアム、BS4K)午後6時、毎週土曜日午後1時5分から再放送が放送中です。

目次

前回のあらすじ

北条義時(小栗旬さん)と八重(新垣結衣さん)の嫡男が生まれ、主である源頼朝(大泉洋さん)が「金剛」と名づけました。

上総介広常成敗の件で、御家人の心が離れてしまったと感じた頼朝は、舅である北条時政(坂東彌十郎さん)を呼び戻し、御家人を纏める役目を任せました。

時政も、御家人同士が疑い、誰に謀反の疑いをかけられるかわからないと感じ、鎌倉に戻ってきたのです。

これからの鎌倉を危惧しながら、これから北条が生き残るためには、源氏に取り入るしかないと新たに決意を固めたのでした。

寿永2年(1183年)12月、後白河法皇(西田敏行さん)が頼朝追討の院宣を出し、その背後に木曽義仲(青木崇高さん)の影を見た頼朝は、一刻も早く義仲を討つ必要があると、出兵を決めました。

源範頼(迫田孝也さん)を総大将、戦奉行に梶原景時(中村獅童さん)を据え、和田、土肥、千葉、岡崎、畠山が出陣します。

北条、比企は留守居役として頼朝を護衛します。

この出陣に義時も同行することになりました。

寿永3年(1183年)1月、先発していた源義経(菅田将暉さん)の軍と合流した本隊。

それを知った義仲は、かつて盟約を結んだ頼朝軍に共に平家を倒そうと文を出すのですが、義経から使者の首を送り返され激高します。

この暴挙は義仲を挑発する為のものだと気づいた義仲は、義経の動きを先読みし、この戦は勝てると息巻くのです。

しかし、義経は義仲を油断させるよう進軍する兵の数を少なく噂を流し、義仲をかく乱します。

宇治川に集結した頼朝軍の数は、噂より遥かに多く、義仲は即時撤退を決めました。

義仲は京を捨て、北陸を目指し始めました。

義仲と入れ替わるように京に入った義経隊。

義経は体を休めることなく木曽義仲を追悼し、そのまま西に向かうと法皇に宣言します。

京を出た義仲を待ち受けていたのは範頼隊。

義仲は巴御前(秋元才加さん)に態と鎌倉軍に捕まり、鎌倉にいる義高(市川染五郎さん)に文を渡すようにと戦隊を離れるよう命じました。

女だから殺されることはないだろうが、決して抵抗してはいけないと言い含めて。

巴は和田隊に発見され、和田義盛(横田栄司さん)に捕らえられました。

そして義仲も敵兵に見つかり、自刃することもできず矢を頭に受けて討ち死にしました。

その後、福原に陣を構える平家との戦闘を見据えての軍議にて、義経は奇策を提案し、御家人の度肝を抜きます。

戦奉行・梶原景時が支持したことで、範頼も義経の奇策を採用します。

その他、義経は後白河法皇に、平家に和議を命じて欲しいと文を出すというのです。

しかも自分たちはそれを知らなかったとして平家を攻撃するという、敵の油断を誘い騙し討にする計画を立てます。

義経と同じ気質を持つ法皇もこの作戦を面白がり、協力。

一の谷に本陣を敷く平家のもとに行くには断崖絶壁が進軍を妨げていました。

景時は傾らかな斜面を行くよう進言するのですが、義経は鉢伏山の断崖を駆け下りる策を強行しようとします。

景時は諌め、義時も再考を促すのですが、義経は自身の兵を連れて山を上ります。

義時は畠山重忠(中川大志さん)に義経と同行するよう頼みました。

そして、一ノ谷は安全と油断していた平家軍の裏をかき、鉢伏山を下ってきた義経隊は平家軍に襲いかかったのでした。

前回、第16回「伝説の幕開け」を見逃した方はぜひこちらをどうぞ。

それでは第17回「助命と宿命」のあらすじと感想です。

京の義経、江間の義時

院御所において、一の谷の戦いの功を褒められる義経。

しかし、後白河法皇はその戦い方を誤解していました。

それを指摘した梶原景時に義経は、それで構わない、鵯越の方が響きが良い、歴史はそうやって作られていくのだ、と笑うのです。

義経の連勝に鎌倉は湧いていました。

しかし、頼朝とその家族には義仲討伐の代償が待っていました。

鎌倉に再び暗雲が立ち込めます。

江間に工藤祐経(坪倉由幸さん)が訪ねてきました。

工藤は伊東祐親に裏切られ、土地を奪われていましたが、頼朝に目をかけられ再び伊東の地を手にしていました。

しかし、御所での任官は叶わず、義時に斡旋を頼みに来たのです。

工藤が話していると背後から子供たちが忍び寄り、工藤に向けて思い切り石をぶつけてきます。

子供たちは工藤を親の敵と思い、恨みをぶつけていたのです。

工藤が去ると、八重は子供たちのために何かできることはないか、子供たちを救う活動をしたいと義時に訴えました。

義高を討て

頼朝は、木曽義仲を討ったことにより、残る問題は後2つだといいます。

1つは甲斐の武田信義(八嶋智人さん)のこと。

誰が源氏の棟梁が分からせてやる、いずれ信義には消えてもらう、と頼朝はいいます。

もう1つは木曽義仲の嫡男・義高のことです。

義高にとって頼朝は父の敵。

義高が生きている限り枕を高くして寝られない、と言った頼朝は、義時に「3日やろう。義高を討て」と命じるのです。

大江広元(栗原英雄さん)は、頼朝が義時を試しているのだと気づいていました。

「人の世を治めるには鬼にならねばならぬ。奴にはそれを分かってもらう」と義時の覚悟を試していたのです。

気が進まない義時でしたが、義高と遊んでいた大姫(落井美結子さん)を母のもとへ返し、義高を幽閉しました。

時政は辛い役目を仰せつかったな、と義時を慰めます。

しかし、この鎌倉で頼朝に逆らったら生きてはいけない、と諭しました。

義高が幽閉されたことを聞いた政子は義時に詰め寄り、それが頼朝の意志だと知ると、頼朝に義高の命を助けるよう懇願します。

しかし、父を殺された恨みは深いと言い「あやつの恨みは必ず万寿に降りかかる」と政子の反論を退けました。

それでも諦めきれない政子は義高に会い、伊豆山権現に匿い時を稼ぎ、いずれは頼朝の気持ちを変えてみせると訴えます。

義高は、「御台所は考え違いをされておられます」と頼朝への恨みをぶちまけました。

父を殺した頼朝を憎み、機があれば鎌倉を襲う、その時は頼朝の首だけでなく義時の首も狙う、と断言します。

義時は義仲の気持ちを分かっていると思っていたが、何もしてくれなかった、そんな義時を信用できない、と言うのです。

義高は、こうなったからには一刻も早く自分の首を取った方がいい、大姫にはもっと相応しい者が見つかる、と吐き捨てるのでした。

検非違使任官

法皇は、義経を京を守る検非違使に任命するといいます。

しかし、義経には頼朝からの任官願いが出ていません。

それは、義経が官位のために戦をしているのではないからと頼朝に断ったからだというのです。

法皇は、頼朝のことは忘れよ、と言い義経の検非違使就任を決めたのです。

義経は、検非違使任官を家人たちに告げ、共に喜び合いました。

その夜、法皇から任官祝いにと寄越された白拍子の舞に目が釘付けになるのでした。

巴から渡された手紙

その頃、鎌倉では比企の姪・里と義経の縁談が整っていました。

義経が凱旋の暁には賑々しく祝うというのです。

和田義盛に呼ばれた義時は、和田が捕らえた巴御前と面会しました。

巴は義仲から託された手紙を義時に渡しました。

内容を確認した義時は、巴を連れて義高に面会しました。

義仲の手紙を受け取った義高は、父の、頼朝を敵と思うな、自分亡き後平家討伐を成せるのは頼朝しかいない、義高には生きて源氏の悲願成就を見届けるように、という言葉を重く受け止め、考えを変えました。

義高脱出計画

政子の提案通り、伊豆山権現に身を隠すことに決めた義高。

見張りの工藤を抱き込み、義高を女装させ、庭で子供達と遊ぶ八重たちと合流し御所から逃がします。

その後は近くの寺に泊まり、翌日は三浦の船で伊豆山権現に逃げる予定です。

三浦義村に貸しがある義時は義村に協力を頼んでいたのです。

甲斐の武田信義が嫡男の一条忠頼(前原滉さん)と共に鎌倉にやってきました。

一ノ谷の戦いにおいて、武田が協力したことに感謝を伝える頼朝。

一見和やかに見えていましたが、武田はなぜ法皇からの恩賞が武田に与えられないのかと頼朝を問い質します。

頼朝は自分に聞かれてもと、とぼけるのですが、頼朝が何かをしているのは明白と、武田は激高します。

息子から義仲の嫡男が幽閉されていると聞いた信義は、義高を味方につけようと義高の居場所を訪れました。

信義は、頼朝のやり方にはついていけない、共に頼朝を倒そうと誘うのですが、父の遺言を固く守る義高は頷きません。

武田の動きは頼朝に筒抜けになっていました。

義高の見張りを工藤がしていると知った頼朝は、工藤では頼りにならないと見張りを変更。

警護が厳しくなってしまいました。

これでは計画通りに義高を逃がすことができないと感じた政子たちは作戦を変更。

実衣(宮澤エマさん)が夫・全成(新納慎也さん)を頼朝に変装させ、見張りの目をかく乱しました。

頼朝になりすました全成は見張りを遠ざけ、中に潜入。

義高に女装させ部屋から連れ出しました。

義高の側近が義高の身代わりに部屋に残っているところに、一条忠頼がこっそりと忍んでいました。

そこで義高が部屋から逃亡したことが発覚したのです。

その頃、部屋を脱出した義高は裏庭に居る八重と合流、八重は義高と子供達と共に御所を抜け出します。

そして無事に三浦と合流し、その夜泊まる寺に到着したのです。

頼朝は激怒し追手を出し「義高を捕えよ、見つけた御家人には褒賞を出す。義高は見つけ次第首を刎ねよ」と命じました。

義時の他にも義高の命を憂う御家人がいました。

頼朝の側近・安達盛長もその1人です。

上総介広常の件といい、この義高の件といい、あまりにも残酷な行為を続ける頼朝から御家人の気持ちが離れることを恐れ、義高には生き延びて欲しいと考えていたのです。

義時は、和田義盛、畠山重忠に頼み、義高を匿う伊豆山権現とは別方向に兵を差し向けて欲しいと頼みます。

2人も義高を死なすには惜しいと考えていたのです。

頼朝の目を欺くため、あえて義高がいない信濃方面へと兵を向けた和田と畠山。

家人たちには、義高を見つけた者には褒賞が出る、と気持ちを煽るのです。

その頃、義村は父・義澄(佐藤B作さん)に責められていました。

義澄は義村が義高を逃がしたことに気づいていたのです。

鎌倉に逆らっては三浦は生きていけない、と頼朝の恐ろしさを骨の髄まで知っている義澄は、義高を三浦が捕らえるのだ、と義村に命じます。

義村が潜伏先の寺に向かうと、そこに義高の姿はありませんでした。

義時を信用できなかった義高は、御台所の目が離れた隙に殺されるのではないかと、疑ったのです。

寺を逃げ出した義高は、故郷である信濃に向かいました。

しかしそこは、義高を逃がすためにあえて兵が向かった場所でした。

山中で追手に見つかってしまった義高。

刀に手をかけるのですが、大姫の鞠の紐が引っかかり、刀を抜けず…。

嘆願

鎌倉では大姫が頼朝に義高の助命嘆願を行っていました。

自分に小刀を向け、義高がいなくなったら自分も死ぬと叫ぶ大姫。

「こんなことをさせるな!」と頼朝が怒るのですが、こんなことを大姫に吹き込んではいないと政子もまた動揺します。

「あなたがさせているのです!」と反論した政子は、大姫の横に座ると共に頼朝に懇願したのです。

すると頼朝は「わしの負けじゃ、捕まえても殺さぬよう皆に伝えよ、父が悪かった」と義高を助けると約束したのでした。

天命

急いで義高を生きて捕らえるよう命令を出す義時。

しかしその時、藤内光澄(長尾卓磨さん)が大きな首桶を抱えて嬉しげにやってきたのです。

頼朝の言葉を信じない政子は、頼朝にきちんと文書にするよう促します。

そしてそれを書き終えかけた時、義時がやってきました。

義時はすぐに大姫を連れ出せ、と実衣に命じます。

そして大姫が去ると、藤内が満面の笑みを浮かべ「謀反人、源義高。この藤内光澄が討ち取りました」と報告したのです。

頼朝は政子に「これは天命ぞ」と言い、政子は呆然としながら「断じて許しません」と怒りを顕にしました。

その夜、義時は父から頼朝からの文書を渡されました。

そこには藤内光澄を成敗するよう書かれていました。

「これはできない」と呟く義時。

時政は、これは義時、いや、北条を試しているのだ、と言い、覚悟を決めろ、と義時を諭します。

りく(宮沢りえさん)も、もう義時の命は義時だけのものではない、と説得。

義時は覚悟を決めました。

誅殺

頼朝の御前に一条忠頼を呼び出した義時。

その背後には多くの御家人を配置していました。

義時は、一条が義高を唆し謀反を企んだとして、成敗すると言い放ちました。

一条を斬る討ち手に選ばれたのは工藤でしたが、工藤は刀を振るえず、他の御家人が背後から一条を斬殺。

その後、義高を討った藤内光澄も捕らえられ、梟首されました。

冷酷に立ち去ろうとする義時に、工藤は「怖いところだ、この鎌倉は」と話しかけます。

義時は、他に行く所があるなら一刻も早く立ち去った方がいいと助言しました。

義時はどうするのかと聞き返した工藤に「私にはここしかない」と吐き捨てたのでした。

武田信義は息子・一条忠頼を殺され、頼朝には決して逆らわないという起請文を差し出しました。

自分たちは頼朝と戦おうなどと思ったことはない、息子が死ぬことはなかったと言い、お前たちはおかしい、狂っている、と激高します。

義時は冷静に、謀反の罪はなかったと頼朝に伝える、これで鎌倉が甲斐に攻め込むことはない、と言い立ち去ろうとするのですが、背後から信義が叫びました。

「謀反とは何だ!謀反は家人が主人に対して行うこと。儂は一度も頼朝を主人と思ったことはないわ!」と叫び、崩れ落ちました。

義時は、藤内の首を川原に晒してあると政子に告げました。

殺せとは言っていない、と動揺する政子。

義時は「姉上は決して許さぬ、と申された。鎌倉殿もそれを重く受け止められた。姉上、あなたの許さぬというのはそういうことなのです。御台所の言葉の重さを知ってください。我らはもうかつての我らではないんです」と自分たちの立場が変わってしまったことを指摘しました。

その夜、江間の自宅に戻った義時は、我が子を抱き上げ「父を許してくれ」と泣き、八重はそんな義時に寄り添うのでした。

次回、第18回「壇ノ浦で舞った男」

苛烈さを増す源平合戦。必死の抵抗をみせる平宗盛(小泉孝太郎)率いる平家軍に対し、源頼朝(大泉洋)は義経(菅田将暉)に四国、範頼(迫田孝也)に九州を攻めさせ、逃げ道をふさぎにかかる。しかし、範頼軍は周防で足止めをくらい、義時(小栗旬)・三浦義村(山本耕史)らが状況の打開に奔走。一方の義経軍も、後白河法皇(西田敏行)の命により摂津から動けずにいた。そんな中、梶原景時(中村獅童)の献策を一蹴した義経が……

NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」公式サイトより

源平合戦も遂に大詰め、壇ノ浦の合戦までやってきました。

ここで多くの平氏が命を落とすことになります。

義経の八艘飛びや、那須与一の話などかっこいい有名なお話もここで行われます。

義経の活躍が華々しい戦ではあるのですが、この「鎌倉殿の13人」では、源氏側が特に残酷に描かれていて、非情に恐ろしく感じます。

平氏の終焉がどのように描かれるのか、楽しみであり恐ろしくもあり、目が離せませんね。

最後に

今回も悲しく苦しい回でした。

人を信じるという気持ちを尽く打ち砕くこの回。

落井美結子さん演じる大姫の必死の嘆願が印象的でした。

冷酷な頼朝が愛娘の嘆願に漸く心が動き、義高の助命を認めた瞬間、嬉しげに現れた藤内光澄の登場、なんて皮肉なのだろうと、あまりに残酷な結末に涙しました。

しかも、大姫の鞠の紐が引っかかって刀が抜けなかったなんて、悲しくてたまりません。

大姫はこのあと心を壊し、床に伏せってしまいます。

頼朝は自分の行いを反省しろ、と強く思ってしまいます。

家族を殺され、流人となり、復讐を胸に厳しい世の中を渡ってきた頼朝だから、簡単に人を信じられない気持ちもわからなくはないのですが、どうしてここまで残酷になれるのだろうと、疑問に思ってしまいます。

大泉洋さん演じる頼朝、今は本当に憎らしくてたまりません。

人を害したら、自分たちにだって返ってくるのだと、教えてあげたいですね。

義経の無邪気さがこれからの自滅に繋がっていくのだと、理解できる回でもありました。

検非違使就任を無邪気に喜ぶ義経。

官位のために戦っているのではないと言いながら、法皇の言葉を間に受けて頼朝に伺いを立てずに任官してしまいました。

その後、静御前の舞に見蕩れていましたね。

次回、この任官と、縁談が決まっている義経が静御前入れあげたことで、義経は苦しい立場になるます。

無邪気な義経には思いがけないことですが、人を信じない頼朝には義経の行いは裏切りに見えてしまうのですよね。

恐ろしいことです。

そして義時の苦悩が見ていて辛い回でもありました。

政子も同様ですね。

覚悟を試された義時ですが、何とか義高を助けたいと奔走しました。

しかし、やはり頼朝に逆らえず義仲を死なせてしまった義時は義高に信用されていませんでした。

それが非情に悲しい結末になってしまいました。

政子も、義高を守る、と強い決意を持ちながらも守りきることはできませんでした。

しかも、自分が「許さない」と言った一言が過大解釈され、藤内殺害に繋がったのです。

どれだけ苦しめばいいのでしょうか。

頼朝に仕えるというのは、どれほど苦痛を味わわなければならないのでしょうか。

義時が苦悩しながらも、覚悟を決めた冷酷な表情が印象的でした。

立場が変わったのだと突きつけられた政子の表情も。

自分にはここしかない、と工藤に告げた義時の覚悟。

恐ろしかったです。

さて、次回は壇ノ浦の戦い。

18回「壇ノ浦で舞った男」では義経の華々しい活躍を目にすることができます。

しかし、それに至るまでの景時との確執や先走った行動のおかげで自滅の道へと突き進んでしまうのです。

平家滅亡の時と、義経の破滅への道。

源平合戦の山場となるこの回、どのように描かれるのか、楽しみです。

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