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鎌倉殿の13人 第29回「ままならぬ玉」のあらすじと感想

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61作目となる2022年大河ドラマ、「鎌倉殿の13人」。

脚本は、三谷幸喜さん。

主役の北条義時を務めるのは、小栗旬さんです。

毎週日曜(総合)午後8時、(BSプレミアム、BS4K)午後6時、毎週土曜日午後1時5分から再放送が放送中です。

目次

前回のあらすじ

新しく鎌倉殿となった源頼家(金子大地さん)を支えるべく13人の宿老が集まりましたが、合議制は難航していました。

頼家も、13人の宿老の存在を疎ましく思い、頼家を支えようとする北条義時(小栗旬さん)や梶原景時(中村獅童さん)は上手く噛み合わないことにもどかしさを感じていました。

正治元年(1199年)6月30日、頼朝と政子(小池栄子さん)の次女・三幡が亡くなりました。

失意の政子を慰める頼家は、自分が朝廷と結びつき、鎌倉を揺るぎないものとすると誓います。

ある日、琵琶の稽古をしていた実衣(宮澤エマさん)は、講師の結城朝光(高橋侃さん)から相談を受けました。

仁田忠常(高岸宏行さん)との雑談を聞き咎められ、梶原景時から謹慎を命じられたというのです。

実衣は結城を助けるため、何とかする、と約束しました。

その頃、頼家は安達盛長(野添義弘さん)の息子・景盛(新名基浩さん)の妻・ゆう(大部恵理子さん)に横恋慕し、景盛からゆうを奪おうとしていました。

しかし、夫である安達景盛は頼家の命を拒否。

頼朝の忠臣であった安達盛長も頼家を痛烈に批判し、父上を悲しませてはなりませぬ、と苦言を呈します。

激高した頼家は、安達親子を斬首しようとするのですが、政子から諫められ、その場は一旦収まります。

しかし、頼家の怒りは収まりませんでした。

この一件で頼家は御家人への不信感を強くし、御家人の気持ちは頼家から離れてしまいました。

鎌倉崩壊を危惧した梶原は、頼家への批判を口にして謹慎させていた結城朝光を、謀反の疑いありとして断罪し、頼家の気持ちを宥め、御家人たちを引き締めようと考えました。

結城を助けて欲しいと実衣は義時を頼り、義時は信頼する三浦義村(山本耕史さん)たちに相談しました。

義時は、御家人たちの不満を梶原に伝えて欲しいと義村に頼みますが、それでは弱い、と義村は、梶原に対する訴状を提出し、頼家に処分してもらおうと提案しました。

梶原に不満を持つ御家人は多く、署名は66人にも及びました。

頼家の前に召し出された梶原は、弁解することもなく、恥じ入るところはない、と断言します。

66人もの御家人の署名が入った訴状を受け取った頼家は、このままお咎めなしでは66人の御家人が黙っていないとして、梶原に謹慎を命じました。

そうして、役目を解かれ領地に戻った梶原に興味を持った後鳥羽上皇(尾上松也さん)から、京への誘いが届けられました。

それを知った義時は頼家に報告しました。

鎌倉に忠義を尽くせぬものはいらないと、頼家は梶原を流刑に処しました。

梶原は鎌倉に居ても先はないと感じ、頼家の嫡男・一幡を人質にして、京に向かおうとしました。

しかし義時に説得され、一幡を比企に返し、これから流刑地に向かうと宣言。

梶原は置き土産として善児(梶原善さん)を義時に譲りました。

義時は、梶原ならば流刑地には向かわず、京に行くと考え、梶原を討つために兵を差し向けたのでした。

前回、第28回「名刀の主」を見逃した方は、ぜひこちらをどうぞ。

それでは第29回「ままならぬ玉」のあらすじと感想です。

変化する宿老

流刑地に向かわず、京に向かおうとした梶原景時は、義時が手配した追撃により討ち死にしました。

梶原がいなくなったことにより、北条と比企の争いが激化することは目に見えています。

その間に入り、丸く収めるのが自分の役目、と呟きます。

義時は、梶原から譲られた善児を館に呼び、梶原から託された巾着を渡しました。

義時に中身を見たかと聞いた善児に、義時は見ていない、と答えます。

「あのお方も人が悪い。試されたのですよ。儂の天運を」と巾着の中身を確かめた善児。

その中には、石橋山の戦いの最中、義時の兄・宗時を殺害した時に奪った宗時の巾着が入っていたのでした。

鎌倉を支えてきた宿老の一角が崩れました。

バランスを失い、大きく揺れる権力の振り子。

それを止める者は誰でしょうか。

梶原景時の死から3日後、三浦義澄(佐藤B作さん)が亡くなりました。

そしてもう1人、源頼朝に誰よりも長く仕えた安達盛長も数日後に亡くなりました。

13人居た宿老も1人が出家、3人が亡くなり9人となりました。

「これからは好きにやらせてもらう」と言う頼家。

もはや宿老の評議など無いようなもの、これからは自分が頼家を支える、と主張する比企能員に、頼家は鬱陶しそうに「支えんでもいい」と答えます。

しかし比企は、「鎌倉殿の為に言っているのです」と声高に言い募り、頼家は比企の迫力に負け、口を噤みました。

変わる合議制

正治2年(1200年)4月、北条時政が遠江守に任じられ、従五位下に叙されました。

源氏一門以外で国守になるのは初めてのことです。

りくは、これで北条は御家人筆頭、比企に一矢報いた、と喜びます。

政子や義時は、比企への確執は忘れて欲しいと訴えるのですが、時政は「戯言よ」と聞き流してしまいます。

正治2年5月、畠山重忠(中川大志さん)は、陸奥国葛岡郡の新熊野社の僧が所領の境をめぐり争っていると裁きを求めてきました。

評議の場で畠山が地図を見せ説明していると、頼家が評議の場に現れ、地図を奪い取りました。

畠山の説明も聞かず、所領の真ん中に線を引きました。

「所領の広い狭いなど運。今後、所領のことは儂が調べて裁断する」と申し付けました。

僧の訴えを聞かず、裁決を下す頼家に、御家人は苦々しい表情を浮かべます。

頼家は比企の耳元で「好きにさせてもらったぞ」と囁きました。

嫡男はどちらか

この年、頼家の正室・つつじが第2子となる善哉を産みました。

かつて義時が頼んだように、善哉の乳母夫は三浦義村。

頼家の嫡男がどちらなのか、はっきりさせたい比企能員は、比企の娘・せつが産んだ一幡が嫡男だと主張します。

義時が、頼家の意向は正室・つつじの産んだ男児を嫡男とする、と説明しても、比企は絶対に認めないと言い募ります。

その頃、北条館で時政とりくも次代について話していました。

比企が権力を持つことに不満を持つりくは、頼朝の次男で、頼朝の異母弟の全成と北条の実衣が乳母夫を務める千幡を後継にしようと画策し始めたのです。

りくは、全成に頼家を呪詛するよう依頼しました。

改名・北条泰時

この年、坂東は台風にみまわれ、多くの被害が出ていました。

農家が不作で苦しむ中、蹴鞠に興じる頼家に、頼時は「もっと他にやることがあるのではないでしょうか。」と苦言を呈すのですが、頼家は聞く耳を持ちません。

頼時は義時に台風被害にあった伊豆に行き、現地の様子を見てくるよう命じられました。

不作に苦しむ百姓は、借りた米を返せず、土地を捨てて逃げてしまう者が後を絶たないといいます。

これを収めて来いというのです。

頼時と同じく頼家の側近である時連(瀬戸康史さん)は、頼家が伊豆に行くことに賛同し、不安がる頼時を鼓舞します。

時連は、頼家の行動に否定的な意見をぶつける頼時は頼家から少し離れたほうがいいと考えていたのです。

時連は、「諌めるだけではなく、わかって差し上げることも大事です」と頼家の気持ちを理解し、その行動を見守っていました。

側室のせつは、つつじに善哉が生まれたことで、頼家がつつじの所に入り浸り、自分のところで一緒に過ごすことが無くなり、不満を感じていました。

比企の出である義時の妻・比奈に愚痴を零すと、「いい考えがある」と言った比奈はせつを政子と引き合わせたのです。

政子はせつと話してみたかった、と言い、来訪を喜びます。

頼家は頼朝と同じく、人を信じようとしない、と言い、それでも誰も信じていないけれども誰かを信じたいと思っている、と心情を察します。

政子はせつに、自分の気持ちをぶつけてみろと助言したのです。

頼時は伊豆へ下向し、台風被害により食糧不足に陥り、借りた米を返せずに苦しむ農民たちの訴えを聞きました。

証文を見せ、借りたものは返すべき、と説得しても、農民たちは返したくても返せないのだと窮状を訴えます。

苦しむ農民たちを前にした頼時は悩み、手にしていた証文を破り捨てました。

そして、米を借りたことは忘れて良い、この者たちがこの土地から逃げるようなことがあってはならない、代わりに鎌倉から米を持ってくる、農民1人につき1斗の米を配布すると約束したのです。

この裁決により、伊豆での頼時の評判は上がりました。

頼家は、頼時の裁きが気に入らず、「これで諸国の百姓は証文を蔑ろにする」と酷評します。

幸いまだそのような事態は起こっていない、と義時が擁護します。

頼家は、この裁きの褒美を与えると言いました。

これから自分は征夷大将軍となるので、同じ頼の字を持つのは頼時も心苦しいだろうと改名を勧めたのです。

頼家は頼時の頼の字を天下泰平の泰に変えさせ、泰時と名乗るよう命じたのでした。

頼家から名を貰い、これからも頼家の近くで力を尽くしたい、と言う泰時でしたが、頼家は「お前はうるさい。父のもとで励め、泰時」と側近の任を解いたのです。

名を強制的に変えられた泰時は、頼朝の頼の字を取り上げられ、不満を持ったのです。

呪詛

その頃、全成は時政に依頼された呪詛を行っていました。

夫の様子がおかしいと感じた実衣は、義時に相談します。

義時はすぐに裏に時政たちがいると気づき、時政に「余計なことはもう止めて頂きたい」と抗議しました。

りくは、自分たちには関わりないと主張します。

義時は「比企と争う時期はもう終わったのです」と訴えますが、時政は「そんなことは比企に言ってくれ」と取り合いません。

西国から流れてきた僧が捕らえられました。

念仏を唱えていれば何をしても良いと、人々を惑わしていたというのです。

頼家はすぐに斬首を命じたのですが、時連は僧を殺してはいけないと頼家の決定に反対します。

民が念仏僧をありがたがるのは、暮らしが厳しいからだと訴えます。

今まで理解を示していた時連までも意見したことに、頼家は不快感を顕にするのですが、時連の僧を斬れば子に災いが降りかかる、という言葉に思い直し、僧の衣を引き剥がし、鎌倉から追い出すよう命じたのでした。

生まれたばかりの善哉の所に行こうとしていた頼家の前に、せつが立ち塞がりました。

せつが、自分たちのところでも過ごして欲しい、と訴えると、頼家はせつの背後に居る比企が煩わしいと、せつの願いを退けようとしました。

せつは、善哉が嫡男でも構わない、と言い放ち、比企は関係ない、自分たちを頼家の側に置いて欲しい、そういう者もいる、それを退けては頼家は本当に1人になってしまう、頼家を支えたい、と自分の思いのたけをぶつけたのです。

建仁2年(1208年)8月、頼家は征夷大将軍に任じられました。

時政とりくは、全成の呪詛が一向に効かないことに不満をぶつけます。

全成は、頼家の髪の毛があれば効くかも知れないと訴え、夜、蹴鞠の練習をしている頼家の様子を伺っていました。

そこに、義時がやってきました。

義時は頼家から鞠を借り、蹴鞠に挑戦していました。

なかなか難しいと言う義時に助言しながら、頼家は自分の思いを口にしていました。

父・頼朝に何も教わっていないことや、父が心から笑っているところを見たことがないことを話し、今ならその気持ちがわかると頼家は言います。

「頼朝様は人を信じることをなさらなかった。お父上を超えたいのなら、人を信じるところから始めてみてはいかがでしょう」と義時は助言しました。

頼家は「儂は一幡を後継にする。比企の顔色を伺っておるのではない。せつは強い。父上が母上と手を携えこの鎌倉を作ったように、せつとなら鎌倉を纏めていけるような気がする。儂は弱い。信じてくれる者を頼りたい」と義時に伝えました。

義時は頼家の決断に賛同します。

頼家は、これまで蹴鞠に逃げていた自分を恥じ、蹴鞠の師であった平知康にお役御免を告げました。

頼家が投げた鞠を受け損ねた知康は、バランスを崩し古井戸に落ちてしまいました。

頼家は縄を使って知康を助けようと奮闘しますが、誤って自分も落ちてしまいます。

義時が縄を持ち、必死に引き上げようとしていると、様子を伺っていた全成が出てきて、頼家の腕を掴み、必死に引き上げました。

頼家も知康もなんとか助かりました。

頼家は「叔父上がいてくれて命拾いしました」と全成に感謝を伝えます。

全成が頼朝に似ている、とはにかむ頼家を見た全成は、こうしてみると可愛い甥っ子だ、と考えを改めたのです。

家に戻った全成は、実衣に人型人形を見せ、頼家を呪詛をしていたと打ち明けました。

御所の床下にそっと並べて置いたと言います。

実衣を喜ばせたかった、という全成に呆れた実衣。

全然効かず、ほっとしている、という全成に寄り添いました。

人型は全部回収できたのか、残ってたら大変なことになる、と言う実衣に、全成は全部持ってきたと笑います。

2人の蟠りは解けましたが、御所にもう1つ、全成が回収し忘れた人型が落ちていました。

そして、その人形に誰かが手を伸ばしたのでした。

次回、第30回「全成の確率」

源頼家(金子大地)に対して呪詛じゅそを行った疑いにより、詮議を受ける阿野全成(新納慎也)。比企能員(佐藤二朗)はその背後に北条家の暗躍があると確信し、対決姿勢をさらに強める。そのころ北条家では、夫・全成を巻き込まれて激怒した実衣(宮澤エマ)が父・時政(坂東彌十郎)を追及。名乗り出ようとする時政だが、りく(宮沢りえ)に止められる。義時(小栗旬)は北条家を守るために一案を講じ、畠山重忠(中川大志)の助力を得て……

NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」公式サイトより

全成が回収し忘れた人型により、全成と北条にピンチが訪れます。

比企と北条の争いは激化し、義時は北条を守るため、一計を案じます。

身から出た錆とはいえ、全成が大変なことに巻き込まれてしまいます。

人形を拾った人は誰だったのでしょうか。

全成は、北条はどうなってしまうのでしょうか。

最近、腹黒さが際立ってきたりくと時政。

りくと時政にいいように使われた全成が哀れでなりませんね。

次回、第30回「全成の確率」、全成が生き残る確率はどれほどあるのでしょうか。

最後に

金子大地さん演じる頼家の傍若無人な様に、苛立ちを感じましたね。

訴えをろくに聞かず勝手に裁決、民の窮状を顧みず蹴鞠の練習、正室にばかり目をかけ、側室を蔑ろにする態度、人の見極めもできず、苦言は煩わしいと遠ざける始末、どれもこれも腹立たしく、イラつきが止まりませんでした。

利用しようとする者たちを遠ざけようとするのはわかりますが、泰時のように真剣に政を考え、苦言を呈す者たちを煩いと排除する様は、ただの無能な二代目としか思えませんでした。

偉大過ぎた父に、追いつきたくて足掻き、虚勢を張る頼家。

どうしても追いつけない焦り、不安、弱さなどを、そんな不安定な頼家を金子大地さんは素晴らしく表現されているように思います。

だって、見ていてとっても腹が立つんですもの。

素晴らしい表現力ですよね。

しかし、一方で素直に気持ちをぶつけてきたせつに改めて向き合い、己の弱さを認め、せつを信頼しようとする素直な姿を見ると、あまり憎めなくなりますね。

一生懸命、知康を助けるところも、全成にはにかむ姿も、一途でピュアな頼家らしく、これが嫌いになりきれない原因なんだな、と感じました。

嫌われ役だけで終わらない、素敵な頼家だと思います。

真面目すぎて面白くない、と言われた泰時が面白かったですね。

初にぐうの音も出ないほど言われ放題の泰時が可哀想で面白くて、また、義時の助言がピントを外れているにも関わらず、それを実行に移してしまう真面目な泰時に笑いがこみ上げてきました。

真面目すぎてちょっとずれてる北条親子が面白かったですね。

家の繁栄、権力に固執するりくと言いなりの時政に戦慄が走りました。

この時代は簡単に呪詛やら何やら、人を呪えてしまうのですね。

恐ろしい時代です。

りくたちに依頼された全成の呪詛なんか、新納慎也さん演じる全成のひととなりを見ていると、絶対成功しないと思えますけどね。

ギクシャクしていた実衣と全成の関係が元通りになって、本当に良かったですけれど、これから厳しい展開になると思うと、非常に苦しく悲しいです。

さて次回、第30回「全成の確率」では、全成が行った呪詛に対しての詮議が行われます。

全成に依頼した北条、実行した全成、妻の実衣はどうなってしまうのでしょうか。

緊迫感あふれるこの作品の中で、癒し担当だった全成と実衣に苦難が待っていると思うと不憫でなりません。

次回も画面から目が離せませんね。

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