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鎌倉殿の13人 第35回「苦い盃」のあらすじと感想

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61作目となる2022年大河ドラマ、「鎌倉殿の13人」。

脚本は、三谷幸喜さん。

主役の北条義時を務めるのは、小栗旬さんです。

毎週日曜(総合)午後8時、(BSプレミアム、BS4K)午後6時、毎週土曜日午後1時5分から再放送が放送中です。

目次

前回のあらすじ

元久元年(1204年)7月26日、3代目鎌倉殿である源実朝(柿澤勇人さん)は、初めて裁定の場に同席しました。

これから、よき鎌倉殿となるために、政務を学び、武芸を学び、処世術を学びます。

実母である政子(小池栄子さん)は、実朝に和歌を学ばせたいと考えていましたが、なかなか実現できず、実朝が好みそうな和歌を書き写して、こっそりと目に付くところに置いておいて欲しいと三善康信(小林隆さん)に託しました。

執権別当となった北条時政(坂東彌十郎さん)のもとには、裁定に便宜を図ってもらおうと、多くの付け届けが届けられていました。

それを受け取り、ご満悦な時政。

妻のりく(宮沢りえさん)も、家の繁栄に喜んでいました。

さらに、娘婿の平賀朝雅(山中崇さん)を使って、帝の縁者である姫を実朝の御台所にしようと画策しています。

時政は比企の空いた穴に自分が入り、武蔵の国を手中に収めようと画策します。

武蔵の国の畠山重忠(中川大志さん)は、時政の言動に疑問を抱き、義時に報告しました。

政務の場でも時政の横暴は止まらず、付け届けを受けた者たちを優遇する裁定に、他の宿老は眉を顰めます。

義時は父の横暴に苦言を呈すのですが、時政は聞く耳を持ちません。

元久元年10月14日、実朝の結婚が決まり、北条政範(中川翼さん)らが迎え役として京に向かいました。

そんな中、義時にも結婚の話が舞い込みました。

二階堂行政(野仲イサオさん)の孫娘・のえ(菊地凛子さん)との婚姻を薦められた義時は、のえの人となりを八田友家(市原隼人さん)に見極めてもらうことになりました。

鎌倉からの使者を迎える準備をしていた平賀朝雅のところに源仲章(生田斗真さん)がやってきて平賀を唆します。

平賀の血筋ならば鎌倉殿にもなれると囁き、上皇は北条が嫌いだと吹き込みます。

巧みに平賀の心を揺さぶり、北条政範がいなくなればどうなるか、と呟く仲章。

仲章の行動は、後鳥羽上皇(尾上松也さん)や慈円(山寺宏一さん)らの謀略によるものでした。

そして政範が京に到着して2日後、政範が急死し、13日に鎌倉に知らせが届きました。

八田に人となりを確認してもらい、のえを気に入った義時。

のえは義時の館を訪れ子供たちとも打ち解けます。

義時には支えが必要、と語るのえに、義時は惹かれていきました。

実朝は自分の結婚話に戸惑っていました。

妻帯者である泰時に妻のことを聞き、和田義盛(横田栄司さん)夫妻の睦まじい様子を見て、義時に後戻りできないかと相談します。

しかし、ことは既に動き始めています。

政子も実朝を案じますが、結婚を取りやめることはできません。

そんな中、時政は武蔵の国と戦になったら、どちらに付くかと三浦義村(山本耕史さん)に尋ねるのでした、

前回、第34回「理想の結婚」を見逃した方はぜひこちらをどうぞ。

それでは、第35回「苦い盃」のあらすじと感想です。

和歌への芽生え

三善康信がこっそり置いておいた和歌集を見つけた実朝は、三善にこれはどうしたのだと問い質します。

政子が書き写したものだと知った実朝は、政子のもとを訪れました。

一番気に入った和歌に名が記されていなかったため、尋ねるとそれは亡き父・頼朝が詠んだ歌だと教えられました。

実朝にも不安はあろうが、それは頼朝も同じだった。

実朝の思いを歌に詠んだらどうかと政子は提案したのでした。

実朝の婚礼が近づきます。

その陰でと時政とりくは息子を失っていました。

不可解な死の真相を巡り、駆け引きが始まります。

千世の到着

義時はのえと暮らし始めました。

実朝の御台所となる姫が鎌倉にやってくる日が近づいてきたと話すと、のえは「早く跡継ぎに恵まれると良いですね」と答えました。

それを聞いた義時は、のえが子を望んでいるのかと訝しみます。

子は、いたらいたで何かと大変、とのえとの子を望まない発言をした義時に、のえは「欲しくないと言えば噓になりますが、太郎殿がいらっしゃいます、私はそれで満足」と微笑んだのでした。

しかし、本心では納得しておらず、祖父の二階堂行政に不満をぶつけます。

「満足なわけありませぬ。必ずや男子を生んで、その子をいずれは北条の家督にして見せます。そうでなければあんな辛気臭い男に嫁ぎません」と息巻いたのでした。

のえの裏の顔を知る泰時も義時を心配していました。

妻の初(福地桃子さん)に不安を言っても、関わらなければいいのでは、と言われてしまいます。

元久元年(1204年)12月10日、後鳥羽上皇の従妹にあたる千世(加藤小夏さん)が鎌倉に到着しました。

政子らが出迎える中、りくは政範の死の衝撃から立ち直れず、屋敷に引きこもっていました。

りくを心配し、時政が幼いころの失敗を話し、いつまでも忘れずに思い出の中に残っていると励ますと、皿を割った失敗と息子の死を一緒にするのかとりくは怒りだしました。

しかし、時政の不器用な励ましによりりくは気力を取り戻したのでした。

疑惑

政範とともに京に行き戻ってきた畠山重忠の息子・重保(杉田雷麟さん)は、京での平賀の行いに疑問を持ち、父と共に義時と大江広元に報告しました。

京に到着した政範は、平賀の用意した宴にて突然倒れました。

そしてそのまま亡くなったのですが、重保はその前の晩に平賀が何かを汁物に混ぜると話していたのを聞いていたのです。

重保は政範が亡くなった後、平賀を問い詰めましたが、平賀は白を切るばかり。

挙句に、人に話したら重保の方が正気を疑われる、と囁いたのです。

重保は、政範が平賀に毒殺されたと確信を持っていました。

その頃、鎌倉に戻った平賀は、時政の館を訪れ、政範の位牌に手を合わせていました。

りくにすぐに京に戻ることを告げ、政範と共に戻れなかったことを詫びます。

平賀は、政範のことで嫌な噂があると言い出しました。

政範が畠山重保に毒を盛られたのではないかと、りくに告げたのです。

畠山は武蔵の国の一件で北条に恨みを持っています。

そのせいではないかと平賀は言うのです。

さらに、畠山は自分を下手人に仕立て上げようとしていると、りくに讒言したのです。

「畠山の策略に嵌ってはいけません。何を言ってきても信じてはなりませんぞ」とりくを言い含めたのです。

りくの怒りは畠山に向かいました。

時政に激しく訴え、畠山を討つようにと懇願したのです。

畠山の報告により、義時は平賀を問い詰めました。

しかし平賀は知らぬ存ぜぬと白を切りとおします。

政範を連れ帰れなかったことが心残り、といった平賀に対し、義時はこの時期なら連れ帰ることはできたのでは、と反論します。

毒で亡くなった者は顔の色が変色し、すぐにわかる、そのため連れ帰れなかったのでは?と指摘すると、平賀は顔色を変えて怒り出しました。

時政はりくの頼みを聞いて、畠山を討つと宣言し、義時と時房に協力を求めます。

しかし、誰であろうとこの鎌倉で勝手に兵をあげることはできない、と義時は拒否。

時房も、りくに振り回されるのはやめて欲しい、息子として恥ずかしい、と言い募ります。

その言葉に時政は「うるせえ」と怒り出しました。

その夜、義時の館に三浦義村がやってきました。

義村は、畠山の強さを甘く見ない方がいいと忠告しました。

そこにのえが呼ばれてやってきました。

繕い物をしていたため遅くなった、というのえを紹介した義時。

落ち着いた応対と労りの言葉を残し、酒の用意をするために立ち上がったのえに対し、義時はのえを「できた女」と絶賛します。

義村はのえの手に米粒がついているのを見て、繕い物をしていたのではなく、握り飯を食べていたのだと見抜きます。

義時が惚れているなら仕方ありませんが、のえには裏の顔があるようだと義村は見抜いたのでした。

説得

翌日、義時は政子にりくと会うようにと頼みました。

政範を失ったりくに、平賀があることないこと言っているというのです。

自分は畠山と話をするので、りくを頼むと言った義時に、政子は「小四郎、戦にしてはなりませんよ」と訴えたのでした。

三善と和歌を学んでいた実朝ですが、悩みによりなかなか筆が進まずにいました。

側近として控えていた泰時と話がしたいと望み、三善に休憩をすると告げました。

泰時と妻の話を聞いていた実朝は、気晴らしがしたいと、泰時を連れて外に出たのです。

その頃、政子は義時の頼み通り、りくと面会していました。

りくの様子をうかがうと、りくは思ったより平気だと告げます。

畠山は頼朝が一番頼りにしていた武人なのだから、政範の死に畠山は関わっていない、だから畠山を討つのはやめて欲しい、と政子が告げると、りくは初めて聞いた話のように驚きます。

そして、畠山を討つ気などない、御家人通しが殺しあうのはたくさん、と政子に告げたのでした。

義時は、畠山親子と話をしました。

畠山重忠は平賀と息子・重保を同席させ詮議すれば良い、と言い募るのですが、平賀は既に京に戻っており、詮議をすることができません。

すぐに京に戻ったのが何よりの証拠、と訴えてもすぐに呼び戻すことはできないと言われてしまいます。

なぜなら、平賀は後鳥羽上皇の近臣。

平賀を責めれば、朝廷と争うことになってしまいます。

しかしそれで自分たちが疑われるいわれはない、と重忠は怒りを顕にしたのです。

領地に戻ると宣言し、念のため、戦支度をすると宣言し、鎌倉から去ったのでした。

実朝の悩み、時政の動き

その頃、実朝は和田義盛の館に来ていました。

和田とは気兼ねなく話すことができ、心が落ち着くというのです。

実朝の訪れを喜んだ和田は、実朝を面白いところに連れて行くと、歩き巫女(大竹しのぶさん)のもとに連れて行きました。

面白いほどよく当たる、と評判の歩き巫女に、実朝は「雪の日は出歩くな。災いが待っている」と告げられます。

義時は時政の所へ行くと、畠山のこれまでの功績、強さについて話し始めました。

今回の一件は、畠山に罪を擦り付けようとする奸臣による讒言によるもの、と義時は説明します。

時政は、平賀に政範を害する動機がない、と一蹴しますが、義時は「政範殿を亡き者にして、次の執権になろうとしているのでは」と推測しました。

詮議もしないで畠山に戦を仕掛けるなら必ず後悔すると、義時は言い放ちました。

「畠山討伐、待っていただけますか?」という問いかけに、時政は頷いたのでした。

しかし、りくはその決定に猛抗議します。

権力を持った者の末路はどうなったか、と言い募ります。

梶原は、比企はどうなったか、畠山、足立を退け、北条が武蔵を治めるのです、とりくは叫びます。

時政がりくを宥めようとすると、政範だけではなく、次はりくが狙われるかもしれない、それでもいいのか、と迫られた時政は、戦を仕掛けるには下文と鎌倉殿の花押が必要となるのだと諭します。

しかしりくに、すぐに御所に向かってください、と言われると時政は頷いてしまったのです。

御所への突然の訪れに、乳母である実衣は驚き、今は休んでいると追い返します。

しかしその時、実朝は御所を抜け出していたのです。

休憩時間を終えても戻らない実朝に三善は動揺し、実衣も心配し、近習を使ってその行方を捜し始めました。

その頃、実朝は歩き巫女の所で悩みを打ち明けていました。

自分の思いと関わりないところで全てが決まってしまったことに不満を持っていた実朝。

しかし、歩き巫女に「お前の悩みはどんなものであってもそれはお前ひとりのものではない。

はるか昔から同じことで悩んできた者がいることを忘れるな。この先もお前と同じことで悩む者がいることを忘れるな。悩みというのはそういうものじゃ。お前ひとりではない、決して」と諭されると、実朝の迷いも消えました。

政子のもとに、大江広元、実衣、北条時房が集まっていました。

時政が執拗に実朝に会いたがっているのを知り、皆、その動向を危惧していました。

近習がこれだけ探しても、見つからないのだから、時政も見つけられないはず、という大江の言葉に落ち着いた政子。

そこに時政がやってきました。

実朝の行方を心配する時政ですが、時房や実衣に戻ったら知らせるから館に戻れと促され、時政はいったん館に戻ると宣言します。

しかし外には出たものの、館には帰らず、物陰に潜んでいました。

実朝が行方知れずと聞いた八田知家は和田の館を訪れ、実朝を見つけました。

八田に促され、御所に戻ってきた実朝。

時政は側近たちの話を物陰から聞き、実朝が1人になった時を見計らって部屋に行きました。

爺殿にも迷惑をかけた、と恐縮する実朝に、時政は花押を頂きたいと書面を見せたのでした。

実朝は時政に従い、その書面に花押を書いたのでした。

その頃、義時は武蔵国の畠山を訪ねていました。

時政は畠山討伐を待つといった、だから、鎌倉に戻り、実朝に潔白を誓う起請文を出すように促したのです。

時政の気が変わらないうちに、と。

畠山は、鎌倉に呼び寄せて自分を討つつもりではないだろうかと疑いますが、義時は否定します。

もし、戦になったら自分は容赦しない、と宣言する畠山に、畠山の強さは十分知っていると義時は返します。

「もし、執権殿と戦うことになったとしたら、あなたはどちらに付くおつもりか?執権殿であろう?それでいい。私があなたでもそうする、鎌倉を守るために。しかしよろしいか、北条の邪魔になるものは必ず退けられる。鎌倉のためとは便利な言葉だが、本当にそうなのだろうか。本当に鎌倉のためを思うなら、あなたが戦う相手は…。あなたはわかってる」と畠山は義時に言うのでした。

次回、第36回「武士の鑑」

深まる北条時政(坂東彌十郎)と畠山重忠(中川大志)との対立。りく(宮沢りえ)を信じる時政は、源実朝(柿澤勇人)の下文くだしぶみを得て御家人を招集。三浦義村(山本耕史)、和田義盛(横田栄司)、稲毛重成(村上誠基)らが集い、対応を協議する。一方、手勢を率いて鎌倉を目指す重忠。板挟みとなった義時(小栗旬)は、政子(小池栄子)、時房(瀬戸康史)らと事態の収拾を図る。そんな中、父・義時を心配する泰時(坂口健太郎)は……

NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」公式サイトより

りくの言葉に踊らされた時政は、とうとう実朝の花押を手に入れてしまいました。

畠山との戦いは避けられない様子。

鎌倉に戻って起請文を出すよう促した義時は、いったいどう動くのでしょうか。

戦は避けたいと考える政子や義時の願いは届くのでしょうか。

次回、第35回「武士の鑑」で、ついに北条時政と畠山の戦が起こってしまいます。

悲しい結末に、涙が止まらない予感がします。

最後に

今回の一番のびっくりは大竹しのぶさんの登場でしょうか。

オープニングを見ていて、大竹しのぶさんのお名前を発見してびっくり。

どんな役かと思ったら歩き巫女?

登場して、またびっくりでした。

特殊メイクでものすごいおばあさんに化けていらっしゃいましたが、とても自然でインパクトがあって、面白くもあってまたびっくりです。

実朝の悩みを晴らしてあげたところは良かったですよね!

1人じゃない、と実朝が思えたら良かったな、と思いました。

柿澤勇人さん演じる源実朝は、今のところ気が弱く、自分の意思をはっきりと言わない若き将軍ですが、これからの成長が楽しみな若者でもあります。

しかし、歩き巫女から不吉な予言をされてしまいました。

雪の日、恐ろしいですね!

これから雪のシーンがあったら要注意です。

それにしても、いくら心配させたからと言って、書面を確認もせずに花押を渡してしまうのはいかがなものでしょう。

流されるにもほどがあります。

坂東彌十郎さん演じる時政の人の好い笑顔に騙されたとしても、もう少し自覚を持ってほしいところですね。

そしてその坂東彌十郎さん演じる時政ですが、りくのために、ものすごいことをする人になってしまいました。

義時たちに約束したのに、りくの訴えですぐに反故にしてしまう時政。

そんなにりくが大切なのでしょうか。

大切なのでしょうが、時政の振り回されっぷりにちょっと唖然としてしまいますね。

りくの狂気にも目を見張りました。

愛息・政範を失った悲しみからか、いつもにもましてりくの執念が凄まじい。

平賀の嘘にコロッと騙されて、畠山を敵視するところは、悲しくて堪らなくなりました。

政範をやったのはあいつだよ!と言えたらどんなにいいか。

自分の罪を人に押し付け、白々しく嘘をつく平賀朝雅。

山中崇さん演じる平賀のなんと憎らしいことか!

本当に真に迫った演技で、平賀の憎らしさ、傲岸なところが素晴らしく表現されていました。

おかげで、今は平賀が大嫌いになっていますよ。

まあ、その平賀もすぐに悲しい結末を迎えることになってしまうのですがね。

そうそう、山本耕史さん演じる三浦義村が、のえの本性を見抜くところは面白かったですね。

泰時は知っていても何も言えず、ただ心配するだけですが、義村はすぐに見破って義時にのえの本性を告げました。

いやあ、すっきりしました。

けど、義時はのえに惚れてしまっているから、婚姻を続けるのですよね。

八田じゃなく、あの時義村に見極めてもらっていたらどうなっていたでしょうか。

変わらなかったかな?

枯葉を取ってもらった時にはすでにのえに落ちていたようですしね。

野心家ののえを演じる菊地凛子さんの、表の顔と裏の顔の使い分けも面白く見ています。

これからのえは、もっともっと策略を巡らせるのですが、どうなりますでしょうか。

さて次回、第36回「武士の鑑」では、とうとう畠山と北条の戦いが起こってしまいます。

本当に排除しなければならないのはどちらなのか、義時の判断は?戦いの行方は?

たくさんの武将たちがいわれのないことにより粛清されてしまうこの時代。

とうとう中川大志さん演じる畠山重忠も退場するのかと思うと、悲しくてたまりません。

史実だとしても、この時代は悲しいことが多すぎて、やり切れませんね。

とにかく次回は、畠山重忠の雄姿を目に焼き付けたいと思います。

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