61作目となる2022年大河ドラマ、「鎌倉殿の13人」。
脚本は、三谷幸喜さん。
主役の北条義時を務めるのは、小栗旬さんです。
毎週日曜(総合)午後8時、(BSプレミアム、BS4K)午後6時、毎週土曜日午後1時5分から再放送が放送中です。
前回のあらすじ
源頼朝(大泉洋さん)のもとに合流した九郎義経(菅田将暉さん)は、育ててくれた奥州平泉の藤原秀衡(田中泯さん)に、3千の兵を頼む手紙を送りました。
しかし秀衡のもとには、平清盛(松平健さん)から、頼朝追討軍を出せとの命がくだされていました。
秀衡は、期限はいつまでと書かずに、双方に承知したとの文を出す、と言い、双方からの手紙を囲炉裏にくべてしまいました。
鎌倉の頼朝軍は大軍となり、かつて大敗を喫した大庭景親(國村隼さん)も山内首藤経俊(山口馬木也さん)も捕らえていました。
山内首藤経俊は、頼朝の乳母であった母の懇願により、放免されましたが、大庭は上総介広常(佐藤浩市さん)に斬られ、首を木に晒されました。
三浦預りとなった伊東祐親(浅野和之さん)と祐清(竹財輝之助さん)は、三浦の牢で過ごし、八重(新垣結衣さん)は、希望通り御所で侍女として働いています。
会えなくても頼朝を支えたいという八重の希望によるものですが、八重の気持ちを知った祐親は、悔し涙にくれるのです。
その頃、御台所にふさわしい立ち居振る舞いを覚えるため、頼朝の妻・政子(小池栄子さん)は義母・りく(宮沢りえさん)から所作を学んでいました。
頼朝は、源氏再興のために頼りにしていると、駆けつけてきた弟たちに語ります。
義経は、すぐにでも京に上り、清盛を成敗しようと言い募るのですが、頼朝は、まずは常陸の佐竹討伐で家人の領地を守ることが先と説明します。
10月27日、頼朝は佐竹征伐に出発しました。
無用な戦を避けるため、まずは使者を出し、交渉にて戦を避けようと軍議を進めていましたが、若い義経はそれに反発。
自分ならば3日で敵将を討ち取ってくると力説します。
しかし、経験もない義経に同調する者はなく、頼朝にも控えるよう言われてしまいます。
そうして使者に立った上総介ですが、佐竹の一言に激高し、佐竹を斬殺してしまい、戦は唐突に始まりました。
佐竹は堅牢な金砂山に立て篭り、防戦しています。
頼朝軍は攻めあぐね、妙案が出ないまま時間が過ぎて行きます。
そこで、義経が下からがダメならば上から攻めればいいと策を出したのです。
頼朝も認める良策でしたが、それを実行する前に、上総介が相手を寝返らせ、戦は終了しました。
実行できなかったことに苛立ちを募らせる義経に、北条義時(小栗旬さん)はその策に感服したと伝えたのでした。
前回、第10回「根拠なき自信」を見逃した方は、ぜひこちらをどうぞ。
それでは、第11回「許されざる嘘」のあらすじと感想です。
義時の縁談の結末
御所で八重が働き、三浦に身を寄せていると知った頼朝は、八重に会いに三浦に忍び込むのですが、義時に不審者と間違われてしまいます。
そこで頼朝は、義時が八重に想いを寄せていると知り、自分が義時と八重の仲を取り持つと宣言しました。
しかし、御台所・政子はこの縁談に反対。
頼朝は八重の幸せを願っているだけ、義時に嫁がせるなら安心、と訴えますが、政子は、義時に添わせれば側に置けると頼朝を疑います。
そもそも、八重の気持ちはどうなのか、と言い出し、八重が呼び出されました。
義時との縁談の話を聞いた八重。
八重は義時の叔母に当たりますが、この時代縁者との縁談は珍しくありませんでした。
義時は、八重は自分を頼りにしていると自信満々だったのですが、当の八重は縁談をきっぱりと拒否。
挙兵の年の暮れ、頼朝は力を蓄えていました。
打倒平家の旗の下、鎌倉に集う新たな面々。
真に頼れるのは誰でしょうか。
八重に断られた義時は男泣きし、安達盛長に慰められます。
そこに、三浦義村が現れ、自分は八重と通じている、と宣言。
義村も八重に振られているはずと指摘すると、振られてからが勝負だ、と主張します。
ならば自分だって振られてからが勝負、と義時が立ち上がっても、義村は「お前はもう勝負がついている」と追い打ちをかけたのでした。
鎌倉殿の誕生
八重に振られた悲しみを払拭するように、義時は仕事に打ち込みます。
これより政が大掛かりになり、未熟な自分には手に負えぬことばかりになる、急ぎ人を揃える必要がある、と進言。
家人を一丸とする役目を和田義盛に任せるつもりではあるのですが、和田だけでは心もとないと案じる義時。
頼朝は、気になる人物が居る、と梶原景時の名を挙げました。
頼朝の命により、梶原邸を訪れた義時は、梶原景時を家人にと誘います。
治承4年(1180年)12月12日、鎌倉に御所が完成しました。
政子は美しい着物に身を包み、新御所に入ります。
義時は、家人たちのこれまでの武功を纏め、頼朝に提出しました。
頼朝の側近・安達は自分の名があり、武功が書き連なっているのを見ると、感激しました。
書付に基づき、家人に平家から奪った所領を分け与える恩賞を決めよと命じられた義時。
頼朝がやるべき、と主張するのですが頼朝は義時の考えが知りたい、と言い募ります。
そのまとめには義時の名がないことに気づいた頼朝は、恩賞を固辞する義時に、義時に江間の地を与える、受け取って欲しい、と告げたのでした。
和田義盛を呼んだ頼朝は、挙兵時、義盛を侍別当にする、という約束を守り、義盛を侍所別当に任じました。
御所に入ったこの日、頼朝は家人一同を集め、所領を与えて、主従の契を交わしました。
まさに関東に独自政権が生まれた瞬間でした。
「これより、佐殿は鎌倉殿。一同はその御家人でございます。何卒よろしくお願いいたします」と義時は宣言します。
上総介広常は、筆頭として頼朝を支えると誓い、一同頼朝に平伏したのでした。
円城寺焼き討ち
まさに同じ日、平清盛は以仁王を匿った円城寺を焼き討ち、更に、平家に楯突いた奈良の寺寺も襲われ、南都は火に包まれ、東大寺大仏殿も焼け落ちました。
その様はとても見ていられなかったと、三条康信(小林隆さん)は頼朝に書送っています。
後日、梶原景時が御所に呼ばれ、頼朝の御家人となりました。
景時は侍所所司に任じられ、和田の下につくことになります。
鎌倉には明るいという景時は、まずは領地の見回りを行うと、やる気を見せました。
時政の妻・りくは時政の扱いが引くことに不満を持っていました。
時政自身は、その分義時が頑張っているからいいではないか、と宥めるのですが、りくは時政が頑張れと叱咤激励します。
その頃、北条邸の実衣(宮澤エマさん)の所に阿野全成(新納慎也さん)が足繁く通い、思いを通わせていました。
義円
頼朝の異母兄弟・義円(成河さん)もまた、頼朝を支えるため鎌倉に駆けつけていました。
義円は武術に長け、和歌にも造詣が深く、孫子にも通じる博識な人物です。
頼朝に信頼され、政子からも頼りにされる義円の存在は、義経を脅かすものでした。
庭で弓の稽古に励む弟たちのもとを訪れた頼朝。
頼朝は、平家との大戦を前に何をするべきか、弟たちに問います。
義経は「武具を磨く」と答え、義円は、孫子の言葉を話し始めました。
しかし、義経は義円の言葉を遮り、なぜ平家討伐に出ないのかと激高し始めました。
義時は、御家人が坂東を離れたがらない、と説明したものの、義経から「お前が何とかしろ」と責められてしまいます。
頼朝はそんな義経を嗜めますが、義円はそんな義経を庇うのです。
平清盛の死
治承5年(1181年)閏2月4日、大きく歴史が動きました。
平清盛が病に倒れ、今際の際に「頼朝を殺せ、儂の墓前にあやつの首を供えるのだ」と言い残し、この世を去ったのです。
享年64。
仏に手を合わせていた頼朝は、突如、笑い出しました。
その顔は歪み、泣き笑いをしているよう。
頼朝は清盛の死を知ったのです。
清盛の首をこの手で取ることは叶わなかったが、平家の止めは儂が刺す、と力強く言い放ったのでした。
その頃、後白河法皇(西田敏行さん)は、白拍子を招いて宴席を開いていました。
清盛の死を「天罰が下った」として笑います。
そこに平宗盛(小泉孝太郎さん)がやってきました。
清盛亡き後、後を継いだ宗盛は、政権を後白河法皇に返上していました。
しかし宗盛は、戦は止めないと宣言し、改めて頼朝追討軍を出したい、と懇願するのです。
「頼朝を殺せ」清盛の遺言が平家の運命を狂わせていくのでした。
源行家の訪れ
御台所・政子は、頼朝の後継を産めないことを気に病んでいました。
頼朝は気にすることはない、子ができなければ戦の才がある義経を後継にすると政子を慰めるのですが、政子は自分で頼朝の後継を産みたいと懇願します。
そんな中、頼朝の叔父・源行家(杉本哲太さん)がやってきたとの知らせが入りました。
行家は、清盛が死んだ今こそ、平家を討ち滅ぼすべきだと、頼朝を鼓舞するために来たのです。
しかし、頼朝は行家に関わると碌な事にならないと、行家の面会を断ります。
頼朝に面会を断られた行家は激高し、頼朝の弟たちに訴えますが弟たちは困惑します。
行家の恩に感謝しながらも、義円は頼朝の側で働きたいと行家の誘いを断りました。
その夜、義円と2人で話していた義経は、行家と共に行けば良いではないかと義円を焚きつけます。
頼朝の側にいたい、と訴える義円に、義経は語りかけます。
「勘違いしているかもしれないけれど、鎌倉殿はあなたのことをそれほど買ってはいない。やはり遅れてきたのが良くなかった。平泉にいた私より遅いんだから、質が悪い。それに御台所の前で和歌を詠んだでしょ。
ひけらかすのって鎌倉殿は一番お嫌いだから。能ある鷹は何とやら。鎌倉殿に認めて欲しかったら、十郎叔父に従って西に行き、手柄を立てる、それしかない。朝一番に、叔父上と出発しなさいよ、皆には私から上手く話しておくから」と唆します。
それでも一度頼朝に会ってから、と言い募る義円を、義経は否定します。
では、文を書く、という義円に、義経は自分が文を渡しておく、と約束したのです。
早朝、出兵する義円は、思いの丈を込めた文を義経に託し、行家と共に出立しました。
にこやかに受け取った義経は、義円が行くと、その手紙を取り出し、破り捨てたのでした。
後に、頼朝に呼び出された義経。
頼朝は、義円が姿を消したが何か知らないかと、義経を問い詰めます。
義経は、行家と共に出兵したのではと嘯きます。
何も言わずに行くような奴ではないが、言付けなどはないか、と問いかけても、義経は何も知らない、と主張します。
頼朝は義経の前に、修復された手紙を出しました。
義経の言動は、梶原景時に見られており、破られた手紙は景時によって修復され、頼朝の手に渡っていたのです。
頼朝は、義経が義円に嫉妬した策略だと気づきました。
義円が目障りだったのかと義経を叱責する頼朝は、義経に、息子のように思っていることや、いずれは自分の後を継がせてもいいと考えていることを告げます。
そして、心を磨くようにと言うと、義経に謹慎を命じるのでした。
御家人が義円を呼び戻しに向かいましたが、一足遅く、義円が戻ることはありませんでした。
行家の軍勢は、平家と墨俣川で戦い大敗。
功を焦った義円は平家に討ち取られ、帰らぬ人となりました。
政子懐妊
飢饉のために戦が止んだその年の冬、政子は二度目の懐妊をしました。
後継となる男子出産を望まれる政子。
阿野全成は親が徳を積めば望みの子が生まれると聞く、と言い、義時は先の戦で捕らえた者たちを解放してはどうかと提案します。
そうして、頼朝は恩赦を決めたのです。
義時は、三浦にいる祐親と祐清に恩赦を伝えました。
八重は、義時に感謝するものの、親子3人で暮らす家を用意するという提案を拒否。
自分はここに残ると主張します。
まだ祐親を許せないという八重に、「許さなくてもいい、それでも一緒に居るべきです。はじめだけです。共に暮らせばいずれ溝も埋まる。時とはそういうもの。人と人との繋がりはそういうもの」と義時は説得するのです。
そして、江間に行くように促します。
懐かしい景色が待っています、という義時に、八重は、江間は今、誰かの領地になっているのでは、と尋ねます。
少し戸惑った義時ですが、江間は今、自分の領地だと告げたのでした。
伊東親子の運命
その頃、館に盗みに入った善児が畠山重忠(中川大志さん)に捕らえられていました。
その人物は、北条宗時の持ち物であった袋を所持していました。
もしや、宗時を殺害した人物では、と畠山は考え、梶原景時に報告しました。
景時は、すぐに頼朝に報告したのです。
全成は、政子の子を男の子にするための祈祷を行っていました。
千鶴丸が成仏すれば、男の子が生まれると言う全成。
千鶴丸を殺害した伊東祐親が生きている限り、千鶴丸は成仏しない、と全成は頼朝に告げます。
恩赦を与えられ、身支度を八重に整えてもらった祐親は、これからは八重の思うように生きよ、と告げます。
八重の後ろ姿が母に似てきたといい、穏やかに微笑む祐親。
これからの生活を穏やかに過ごそうという意志を感じられました。
八重が去ると、善児が祐親たちの前に現れました。
善児の訪れに驚いた伊東親子ですが、生きていたことを喜びます。
しかし、軽く挨拶をした善児の後ろ手には刃物が握られていました。
部屋から出てきた善児を待っていたのは梶原景時でした。
御所では、安達が頼朝に近寄り「全て終わりました」と声をかけました。
祐親たちの死を知った義時は、景時に詰め寄ります。
しかし景時は、自分が伊東親子を迎えに行った時には既に自害した後だった、と主張するのです。
亡骸も既に処分されています。
速やかに収めるようにとの頼朝の指示だと景時は言います。
義時は頼朝の命によるものと察し、頼朝に詰め寄りました。
頼朝は、祐親は意地を通したのだ、と素知らぬ顔。
義時は、「人を許す心が徳となるのではないですか。それ故お望みの子を授かるのでは」と激高します。
頼朝は「生まれて見ればわかる」と平然と言い放ちます。
「祖父様はもう帰ってはきません!」と叫ぶ義時。
全成の占いはまだ続き、生まれてくる子は早世すると出ていると嘆きます。
千鶴丸の魂がまだ成仏していないというのです。
全成は、千鶴丸を殺した人物がまだ生きていることが原因ではないかと考えますが、千鶴丸を殺害した善児は、梶原景時に声をかけられ、雇われようとしていました。
次回、第12回「亀の前事件」
北条義時(小栗旬)から父・伊東祐親(浅野和之)と兄・祐清(竹財輝之助)の死を告げられ、憤る八重(新垣結衣)。義時は八重をいさめ、源頼朝(大泉洋)から与えられた江間へと八重を送る。政子(小池栄子)が懐妊し頼朝の嫡男誕生への期待が高まる中、比企能員(佐藤二朗)が比企尼(草笛光子)を伴い鎌倉に出仕。さらに、三善康信(小林隆)から推挙された官僚・大江広元(栗原英雄)らが都から下向し、新たな関係が動き出す……
NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」公式サイトより
頼朝の愛妾・亀の存在がとうとう政子にバレてしまいました。
政子の怒りは凄まじく、亀の家を打ち壊してしまいます。
それに巻き込まれ、またもや義時は困り果ててしまいます。
比企一族が出仕を始め、京から大江広元もやってきて、御所内も新たな関係が動き出します。
政子の強さを感じられるエピソードの1つですよね。
一体どんな顛末になるのか、楽しみです。
最後に
今回は、義経の奇行と善児の恐ろしさに震えました。
「許されざる嘘」という表題通り、義経の嘘に震憾しました。
また、頼朝が義時に付いた嘘にもです。
この時代、暗殺や裏切りなど日常茶飯であった時代ですが、嫉妬による嘘で人の命が失われる様は、見ていてとても悲しくなりました。
同じく、自分勝手な都合による嘘も。
菅田将暉さん演じる義経には、登場した時から、無邪気さと残酷さを併せ持つ恐ろしさが表現されていて、とても恐ろしく感じていました。
大泉洋さん演じる頼朝も、抜けたようなコミカルなシーンが多くありながらも、シリアスシーンでは冷酷な判断も平気で下すことができる為政者としての一面も見せていて、そのギャップに戦慄していました。
そういう意味では、頼朝と義経、この2人は似ているのかもしれませんね。
そして善児。
梶原善さん演じる善児は、登場するたびに人を恐怖に陥れますね。
淡々と無表情に人を殺める善児。
千鶴丸の時も、北条宗時の時も、八重の暗殺未遂の時も、今回の伊東親子も。
伊東祐親なんて、かつての主でしょうに、そんなの関係なかったんですかね。
その非情な振る舞いに、戦慄しました。
また、梶原景時の配下になるようですし、どんな暗躍をするのでしょうか。
考えるだけで恐ろしいです。
小栗旬さん演じる北条義時は、本当に苦労ばかりで報われませんね。
初恋の人、八重に振られ泣き濡れる義時。
それでも八重を気遣って、自分の領地に招き入れようとするいじらしさが、なんとも悲しいです。
そんな義時が報われる日が来るんでしょうか。
Wikipediaや他の資料などを読んでみると、義時の思いが報われそうな気もするのですが、三谷幸喜さんは一体どのように描くのでしょうか。
その辺も楽しみの1つです。
義経が恐ろしいと、前述しましたが、もう1人恐ろしい人物がいますよね。
そう、阿野全成です。
占いにより人の運命を変えていく阿野全成。
この人の言葉がなければ、伊東親子は死ぬことは無かったのです。
占いが全盛期の時代のことですから、仕方がないとは言え、そんな言葉を信じるな!と、心で叫んでいました。
実衣の心を射止めようと都合のいいことを言っていたその口が、あんなに恐ろしい事を言うなんて、と憤慨してしまいました。
それから、今回も坂東彌十郎さん演じる北条時政に癒されました。
プリプリ怒る宮沢りえさん演じるりくも可愛かったですが、それを宥める時政に和みました。
人のいい時政にいつも癒されています。
いざという時には凛々しい姿も楽しみにしています。
さて次回第12回「亀の前事件」では、政子の怒り、大爆発です。
それにより、たくさんの影響が出る事件です。
夫の浮気を咎める妻の嫉妬というだけでは済ませられない大事件にまで発展してしまうこの事件により、北条家にも大きな影響が出てしまいます。
この事件をどのように描くのか、来週も見逃せませんね。