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鎌倉殿の13人 第31回「諦めの悪い男」のあらすじと感想

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61作目となる2022年大河ドラマ、「鎌倉殿の13人」。

脚本は、三谷幸喜さん。

主役の北条義時を務めるのは、小栗旬さんです。

毎週日曜(総合)午後8時、(BSプレミアム、BS4K)午後6時、毎週土曜日午後1時5分から再放送が放送中です。

目次

前回のあらすじ

北条頼家(金子大地さん)が病に倒れた時、御所の床下から呪詛人形が発見されました。

そんなことができるのはただ1人。

頼家も比企能員(佐藤二朗さん)も頼家の叔父である阿野全成(新納慎也さん)を疑います。

大江広元(栗原英雄さん)は、この一件に北条が関わっていたら大変なことになると、北条義時(小栗旬さん)に念を押します。

呪詛人形は、全成が北条時政(坂東彌十郎さん)に頼まれて作ったものでした。

考えを改めて、呪詛をやめたはずなのに、うっかり回収し忘れた物が見つかってしまったのです。

義時は、これから頼家に呼び出されるが、絶対に認めてはいけないと釘を刺します。

その直後、全成の館に比企時員が乗り込み、館の中を改めました。

見つかってしまった呪具の数々の前に引き出されたものの、全成は自分ではないと言い募ります。

納得しない比企は、全成を捕らえ手荒い尋問を加えたのです。

頼朝の異母弟である全成に対する礼を欠いた行いに、義時は抗議します。

その上、三浦義村(山本耕史さん)や畠山重忠(中川大志さん)と図って全成の助命嘆願の訴えを出したのです。

全成の妻・実衣(宮澤エマさん)も頼家の側近に捕らえられそうになりますが、姉の政子(小池栄子さん)に守られ、事なきを得ました。

政子や義時の嘆願により、実衣はお咎めなし、全成は流刑と決まりました。

御家人の所領再分配に着手した頼家ですが、御家人からの反発が多く、宿老である比企のもとに数多くの訴えが届くようになっていました。

他の宿老からも促され、比企能員は御家人の気持ちを頼家に伝えようとしました。

しかし、頼家は意思を変えず、比企が手本を見せて所領を他の御家人に分配するよう命じたのです。

比企の怒りは爆発しました。

比企は、流された全成の元へ行き、頼家を呪詛するよう命じました。

実衣が危ないと吹き込まれた全成は本気にして、もう一度呪詛に手を染めてしまったのです。

しかしそれは、八田知家(市原隼人さん)の部下によりすぐに発覚しました。

頼家は全成の処罰を命じ、八田が流刑地に向かいました。

八田に捕らえられた全成は、人知を超えた力を発揮し、天候を狂わせ抵抗しますが、八田に首を切られ死亡。

その死に様は実衣に全て伝えられ、「やってくれましたね」と実衣は涙を溢れさせながら笑ったのでした。

全成が再び呪詛に手を染めたのは比企のせいだと知った義時は、頼家の側で悪の根を絶つことを決意。

比企との対決を決意したのでした。

前回、第30回「全成の確率」を見逃した方は、ぜひこちらをどうぞ。

それでは、第31回「諦めの悪い男」のあらすじと感想です。

頼家の病

建仁3年(1203年)7月、頼家は病に倒れてしまいました。

回復する見込みは少なく、御家人たちは途方にくれています。

頼家が今いる頼朝が亡くなった部屋では不吉だとして床を移すことにしたのですが、移し先についても北条と比企の主張がぶつかります。

仕方なく、義時は大江広元に頼み床を大江館に移すことになりました。

初代よりはるかに若くして2代目は倒れました。

御家人同士の対立も、またはるかに多い。

鎌倉にまた戦の匂いが漂い始めていました。

後継者問題

倒れた頼家の代わりに、長男である一幡を次代の鎌倉殿にしようと比企能員は提案します。

しかし、頼家はまだ亡くなってはおらず、時期尚早だと義時や大江ら文官は反対します。

現在、源氏嫡流の血を引く者は、頼朝の息子・頼家と千幡。

頼家の息子の一幡と善哉。

そして全成の息子・頼全と時元。

しかし全成が亡くなったため、継承できるのは千幡、一幡、善哉の3人のみです。

一幡には比企、善哉には三浦、千幡には北条一族がそれぞれ乳母夫として付いています。

義時は、誰を後継者にすればいいか、頭を悩ませていました。

北条の怒り

そこに、京の寺で修業中の全成の息子・頼全が殺されたとの知らせが入ってきました。

全成の陰謀に加担したとの疑いをかけられ、去る16日、在京御家人を動員し、源仲章(生田斗真さん)が頼全を誅殺したのです。

それは、比企の指示によるものでした。

義時は怒りに震え、北条一門の招集を命じます。

比企の企みに激怒した北条は、比企と戦と決意します。

しかし、鎌倉を火の海にしたくないと考えた義時は、比企と話し合い交渉が決裂した場合のみ決起すると決めたのです。

義時は「比企は、一幡様を次の鎌倉殿にしようとしている。まずはこれを止める」

畠山が「善哉様を担ぎ出すのですか」と問いかけると。

義時は、「いや、ここは千幡様でいく。千幡様は元服されても良いお年。御家人たちも納得する」それが叶わなかった時、はじめて兵を挙げる」

義時は、とりあえずは話し合いを行うが、戦の準備は進めておくようそれぞれに言い含めました。

比企に提案

立ち去ろうとする義時をりくは呼び止めました。

りくは、比企が滅ぼされた後のことについて、義時に言及します。

千幡の後見として政をするのは、北条の総領である時政、とりくは主張します。

義時は時政の政治的能力に不安を見せますが、りくは自分の夫の器を信じていると、義時に念を押したのでした。

そうして義時は、文官たちと共に比企に提案をしたのです。

それは、鎌倉が治めている関西38か国を千幡、関東28か国を一幡が治めるというものでした。

提案を聞いた比企は不気味な笑みを浮かべ、義時が差し出してきた紙を引き裂きました。

「鎌倉殿は一幡様ただお一人」と言うと、引き裂いた紙をばら撒き、立ち去ったのです。

大江は「比企殿が受け入れるとは、とても思いませんでした。それはあなたも同じこと」と義時に問いかけます。

義時は「やれることはやった。方々、拒んだのはあちらでござる」と答えたのです。

部屋を出た義時は、泰時に「これで大義名分が立った。比企を滅ぼす」と言い放ちました。

義時の決意

8月末日、病により意識のない頼家は、床の上で頼朝と同じく出家することになりました。

政子は義時に、どうしても比企を滅ぼさなければならないのかと尋ねます。

義時は「頼朝様は正しかった。敵は容赦せず、常に先に仕掛けた。これがあの方の教えです」

それでも、一幡だけは助けて欲しいと懇願した政子に、義時は「一幡様には仏門に入っていただきます」と告げました。

しかし部屋を出た義時は、「戦になれば真っ先に一幡様を殺せ。生きていれば必ず災いの種になる。母親共々だ。頼朝様ならそうされる」と泰時に命じたのでした。

義時は妻の比奈に比企を探るよう命じました。

比奈は比企の館を訪れ、一幡や善哉が遊ぶ姿を見守る比企の女性たちと談笑します。

帰り際に、せつ(山谷花純さん)から「また、遊びに来なさいね」と言われた時には、自分は比企の者と強調し、また訪れると約束しました。

比企能員は、三浦義村を館に招き、北条から離れ比企に付かないかと説得していました。

一幡が鎌倉殿になったあかつきには利を約束するというのです。

その話は、帰る際の比奈が立ち聞きしていました。

比奈はその話を文にし、北条館にいた泰時に託します。

泰時は、比企に対し冷酷な判断をする父に戸惑っていました。

比奈に「父上は変わられましたか?」と不安をぶつけてみたのですが、比奈からの答えは「人は変わるもの、それでいいのではないですか」と言われてしまいます。

比奈からの文を義時に渡すと、そこには比企が三浦を引き込もうとしていると書かれていました。

泰時は、父が比奈に比企を探らせていたことを知り、抗議します。

比奈の気持ちを考えたことがあるのか、そこまでして北条の世を作りたいのか、と義時への不満をぶつけ始めた泰時。

義時は「当たり前だ!」と強い口調で怒鳴り、泰時を黙らせました。

時政の覚悟

義時は、父・時政に、千幡の後見として政をする覚悟があるかと問いかけました。

時政は「あるよ」と答えます。

時政には大事にしていることが3つあると言います。

1つは伊豆の地。

2つ目はりく。

3つ目は息子と娘たち。

この3つを死に物狂いで守ることが自分の天命なのだと語気を強めたのです。

なのに自分は全成を死なせてしまい、娘・実衣を辛い目に合わせてしまった、もう二度とあんな真似はしない、この先は北条を守り抜いてみせる。鎌倉のてっぺんに立って、北条の世を作ってみせる、と決意を語ったのです。

それを聞いた義時は安堵し、千幡の後見を時政に任せることにしたのです。

しかし戦の前にもう一度だけ、比企と話し合ってみたいと義時は言いました。

それならば、もう義時では手に負えないだろうと時政が話し合いに行くことになりました。

「向こうが承知すれば御の字、かなわなければ…」

そう言うと、時政は義時と目を合わせ頷き合いました。

交渉

時政が話し合いの場に行くと、そこには既に比企能員が待っていました。

比企は、頼朝が挙兵した時に比企は様子を見てすぐに駆けつけなかった事を後悔していると語り始めました。

比企がすぐに呼応していれば、頼朝は石橋山の戦いに破れなかった、そうすれば比企は北条よりも上になれていたのに、随分遠回りをしてしまった、と嘆きます。

あの時、よく決意できたな、と比企は時政を賞賛します。

時政は比企の横に座ると、義時の提案を受け入れて欲しいと交渉を始めました。

比企は即座にそれを拒否。

しかし、九州を千幡、その他は一幡ならば、と提案してきたのです。

今度は時政がそれを拒否。

比企と北条の交渉は、決裂しました。

時政は、待っていた義時に決裂を伝えました。

そして2人は、すぐに次の行動に移ったのです。

比企能員の変

建仁3年(1203年)9月2日、比企能員の館に北条時政の使者が訪れ、和議の申し入れをしたのです。

日の本を分け合う件を進めてくれ、と書かれた書状を見た比企は、時政に会ってくると席を立ちました。

家族は、手勢を率いて行った方がいいのでは、武装していった方がいいのでは、と比企に提案しますが、比企は「時政も坂東武者、丸腰の者を討っては末代までの恥になる」と提案を断ります。

心配する道に「肝の据わったところを見せてやる」と笑い、比企は時政のもとへ向かいました。

郎党2人、雑色5人という僅かな共を連れて北条館を訪れた比企能員。

通された部屋には、鎧を付け完全武装した時政が座っていました。

取り繕った笑みを浮かべた比企の周りを北条の手勢が取り囲みます。

丸腰の者を討っては末代までの恥、と比企は言い募るのですが、時政は一笑に付します。

「お前は坂東生まれじゃないから分からねえだろうが、坂東武者は勝つためならなんでもするんだ。名前に傷が付くぐれえ屁でもねえさ」と笑ったのです。

自分を殺したら三浦が出てくる、と脅した比企ですが、義時が明けた扉の向こうに佇む義村の姿を見て、顔色を変えました。

義時は「比企能員、謀反の罪で討ち取る」と言うと、それを合図に仁田忠常(高岸宏行さん)が刀を抜きました。

背後から斬られた比企ですが、扉を破り、外に逃げようと飛び出します。

しかし庭にも手勢が潜んでおり、比企はあっけなく捕まりました。

庭に取り押さえられた比企の衣を義村は引っ張りはだけさせました。

すると比企は着物の下に鎧を着込んでいたのです。

家族には「鎧はいらない」と言っていた比企でしたが、実際には下に装着していたのです。

時政は「その思い切りの悪さが儂らの命運を分けた。北条は挙兵に加わり、比企は二の足を踏んだ」と言い放ちます。

比企は悔しそうに奇声を上げ、北条に対する怨嗟の言葉を吐き続けますが、仁田によって首を落とされ絶命しました。

比企一族滅亡

義時は政子に比企能員を討ち取ったことを報告し、この後、比企館に攻め込むと言いました。

比企館の前には、畠山重忠と和田義盛が待機していました。

平家でもない同じ坂東武者である比企を滅ぼすことに、和田は難色を示しますが、畠山は「力がある者が残る、それだけのこと。我らは食らいついて行く他はござらん」と手勢に号令を出しました。

北条勢に強襲された道(堀内敬子さん)は、夫の死を悟り、比企尼(草笛光子さん)を真っ先に逃がし、娘・せつと一幡のもとに向かいます。

そして、「逃げのびるのです」と命じると、扉を閉め敵に対峙したのでした。

裏から逃げようとしてせつでしたが、裏から来た泰時勢と鉢合わせしてしまいます。

せつは懐から懐剣を取り出し反撃しようとしますが、トウ(山本千尋さん)に阻まれ絶命。

侍女に抱き抱えられた一幡の前には善児(梶原善さん)が立ったのでした。

政子の前で待機していた義時のもとに、全て終わったとの報告が入りました。

政子は、一幡が生きているか尋ねるのですが、義時は「生きているとわかれば、担ぎ上げようとする輩が現れないとも限らない、今は行方知れずということにしてあります」と答えました。

政子が「これで良かったのですね」と呟くと、

義時は「良かったかどうかはわかりません。しかし、これしか道はありませんでした」と答えたのでした。

義時は亡き兄の「坂東武者の世を作る、そしてそのてっぺんに北条が立つ」という言葉を反芻していました。

後日、御所に北条時政、義時、大江広元らが集まり、尼御台である政子に報告しました。

政子は鎌倉殿の席に座っています。

謀反の疑いがある比企一族を討ち取ったと報告した時政。

義時は、一幡が行方知れずのため、新たな鎌倉殿には千幡にお願いする、と表明したのです。

その時、足立遠元が部屋に飛び込んできました。

「一大事でございます。鎌倉殿が」という言葉に、駆けつけてみると、そこには布団の上で起き上がっている頼家の姿がありました。

「すぐにでも一幡に会いたい、せつを呼んでくれ」という頼家の姿を、駆けつけた人々が愕然と見ていました。

次回、第32回「災いの種」

奇跡的に息を吹き返した源頼家(金子大地)。しかし後鳥羽上皇(尾上松也)のもとには頼家危篤の報が届き、後鳥羽は考えを巡らせる。鎌倉では、政子(小池栄子)のもとに義時(小栗旬)、泰時(坂口健太郎)らが集まり、新たな体制について話し合っていた。そんな中、一人で思いにふける比奈(堀田真由)。一方、先を見据えるりく(宮沢りえ)は時政(坂東彌十郎)に京との関係をより深めるように説き、愛息・政範(中川翼)も胸を高鳴らせる。そして、三浦義村(山本耕史)は……

NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」公式サイトより

比企一族の滅亡を知らない頼家が目覚めてしまいましたね。

一幡とせつの死を知った頼家はどうするのでしょうか。

京の後鳥羽上皇も策を巡らせるようですし、北条の策士・りくも何か画策しているようです。

比企を排除してもまだまだ問題が山積している鎌倉幕府のこれかはどうなってしまうのでしょうか。

次回、第32回「災いの種」も見逃せませんね。

最後に

今回は比企能員の最期でした。

佐藤二朗さん演じる比企能員は、最初は母と嫁の間に入る気弱な人物のように見ていたのですが、どんどん存在感が増し、気弱な男から権力を貪欲に追い求める策士になっていきました。

コメディーシーンもシリアスシーンも見事にこなす、佐藤二朗さん演じる比企能員に会えなくなると思うと悲しいです。

堀内敬子さん演じる妻の道との掛け合いもとても巧妙で素晴らしかったので、お2人の姿が今後見られなくなるのは残念です。

義時の提案を笑顔で拒否する表情が不気味で恐ろしくて、でも、時政邸に出かける時に道に見せた笑顔は優しくて、そのギャップが素敵でした。

しかし、鎧も付けず丸腰で行く、と宣言した割に、下に鎧を装着するなんて、その辺の気弱さも比企能員の慎重さをよく表していたと思います。

比企能員の退場シーンは、最近あまり見なかった立ち回りシーンもたくさんあり、とても見応えのある素晴らしいシーンでした。

それから、小栗旬さん演じる北条義時の変化にも驚きました。

比企と戦うと決意をした義時の意志の強さは、尋常ではありませんでしたね。

政子には一幡を助けると言いながら、裏では一番に一幡を殺せと命じる義時。

これまでの優しい義時とは別人のような変わりように、驚きました。

まるで頼朝の再来のようです。

利用できるものは誰でも利用する、要らない者は誰であろうと容赦なく殺す、恐ろしい人になってしまいました。

しかしそれが、鎌倉を守ることなのですものね。

兄の言葉を思い出し、強い思いを抱いたであろう頼時の決意の表情はとても印象的でした。

坂口健太郎さん演じる息子の泰時を見ていると、かつての義時を思い出します。

優しくて殺される人々をなんとか助けようと懸命に努力していたかつての義時。

泰時はどうなのでしょうか。

一幡の前に立った善児はチラッと泰時の方を見ましたよね。

泰時は善児にどう命じたのでしょうか。

Wikipediaでは、北条勢と決死の抵抗を続けた比企一族は、館に火を放ち、それぞれ一幡の前で自決したとあります。

そのあたりは描かれませんでしたけれど、道やせつが敵に果敢に挑んでいったことから、比企一族の結束の固さはわかります。

比企一族の壮絶な最後に、圧倒されました。

印象に残ったシーンはたくさんあるのですが、宮沢りえさん演じるりくの目力の強さにも圧倒されました。

義時に、北条の総領は時政、それを忘れるな、と睨みつけたりくの迫力には驚きました。

さすがの演技に、魅入られてしまいました。

さて、次回は目覚めた頼家がどうなるのか、義時たちはどう動くのかが気になりますね。

「災いの種」とは誰のことなのか。

策略を巡らせそうな尾上松也さん演じる後鳥羽上皇も気になりますが、ちょっとだけ出てきた生田斗真さん演じる源仲章も気になりますね。

義時たち北条にとっては回復してしまった頼家が災いの種であることは間違いありませんし、さてさて、一体どうなってしまうのでしょうか。

次回、第31回「災いの種」、北条対頼家の結末が気になります。

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